|
ナカムラは今年度から「宇宙科学」という授業をやっているのだが,そろそろ始めてから1月以上たつので,アンケートというか顧客満足度調査というか,とにかく授業の感想などを受講生のみなさんに書いて提出してもらった。そのとき,授業の中で話して欲しい話題も書いてくれ,と言ったらいろいろと書いてくれた。宇宙話の定番の「宇宙の始まり」「宇宙の果て」関係と「ブラックホール」は結構多かった。ナカムラが宇宙科学研究所出身というのを知ってか「宇宙開発の裏話をききたい」なんてのもあったが,「いや,宇宙研の*●×◎助教授は実は×○◇*で,本当は△&■×。」なんて話は、ああっ,危なくてとてもできない(←その手の“裏話”じゃないって)。 で,やっぱりあったのは「ニビル星について」。え,ニビル星ってなに,っていう人はサーチエンジンで“ニビル星 スカラー波”を探すとわんさかひっかかります。実はアンケートをとるときに「これから授業でとりあげてほしい宇宙関連の話題を書いてください。ブラックホールとか,ビッグバンとか」と,言ったあとに「ニビル星とか」とボケをかまそうという誘惑に一瞬まどわされたナカムラであったが,思いっきりはずしそうなので,やめておいたのである。長年の登山家としての経験から,ナカムラは引き返す勇気の大切さを知っているのだ。 で,今回の話題は,ニビル星と並び称される(?)スカラー波についてだが,こういう話題をすると、割と定番としてでてくるコメントは「この科学の発達した21世紀にもなって、いまだにそういう迷信を信じるやつはどうかしている」というものだ。しかしナカムラは思うのだが、科学が発達しているいま こ そ こういう迷信を信じやすい環境なんではないだろうか?
ちょっと考えてみよう。みなさんが,“科学的知識"として知っているものの中で,自分の体験に基づいたものってどれくらいあるだろうか? なさけないことにナカムラは,自分のメシの種の宇宙科学でもせいぜい「地球が丸い」止まりである。高い山に登ると遠くが見えるし,越前海岸に立っても北朝鮮は見えない,ということは地球が丸い傍証で,まあ,これも疑えば疑えないこともないが,自分の経験に基づいているとは言えるだろう。 * 以前,ナカムラが宇宙科学研究所に勤めながらも,オリオン座とカシオペアと北斗七星しか星座(北斗七星って星座?)を知らない,というのを聞いて白鳥座の見付け方を友人が教えてくれたが,忘れてしまった・・・。
それに加えて,現代の科学・技術というやつは,かなりヤバいところまでイッちゃっているという状況もある。20世紀初等までの科学・技術と言うのは,いわば“人間的”で,人間の五感からそれほどはなれてはいなかった。惑星の運行と言っても巨大な岩の塊を想像することでなんとなくわかったし,ワットの蒸気機関やエジソンの電話器なども,目でみれて手でふれればだいたいの働きは理解できた。
* 余談だが,素粒子理論もこのへんまでくると,もう向こうの世界にいっちゃってて,実験検証など,はなから無理なそうである。理論の評価は「美しさ」らしい。でも,そうだとすると11次元の理論って美しいんだろうか? ナカムラの形而下的な頭には,力が統一された11次元の理論より,重力は空間計量として別扱いの4次元の理論の方が美しいような気がするが・・・。
つまり,われわれは子どものころから,「これが科学だ」と言われて,どんな神話よりも荒唐無稽な話を信じさせられているわけだ。しかもそのほとんどは自分では確かめようもない,非日常的な話である。そのような教育をうけてきた者にとっては,信頼できそうな筋から「これは科学だ」と言って,もうひとつの荒唐無稽な話を提示されれば素直に信じてしまう。その“信頼できそうな筋”というのは,たとえば家族であったり,尊敬する人物であったり,あるいはたまたま行った洗脳セミナーであったりするわけだ。
--- すみません。また嘘を申しておりました。田崎さん,ごめんなさい。上に書いた「非対角成分うんぬん」は,今ナカムラがでっちあげました。でも,信じたでしょう,物理学者のみなさん? そして,かなり多くの物理学者がこれを信じるということが,「科学的知識」というものに,科学的訓練を受けた者でもだまされるという傍証であろう (みんな信じたよね? ちょっと不安)。ちなみに物理用語(*)を解説しておくと,テンソルというのはベクトルの親玉みたいなもので,ベクトルというのはスカラーの親玉みたいなものだ(わかってます,何の説明にもなっていないのは・・・)。
* ところで“スカラー波”が話題になってから,「本当の電磁波はベクトル波で・・・」とかいうのをよくみかけるが,相対論的に言うと(やっぱ電磁気学は相対論だろう),電磁場ってテンソルじゃないのかなあ,なんてことを言うとあげあしとり?
えー,それじゃあなにを信じればいいの?というあなた,そもそも何かを信じようという態度がよろしくない,すべては疑ってかかるべきである --- なんて書くといかにも教養人っぽくてナイスだが,実際問題としてナカムラごときに「何を信じるか」なんて深遠な答えを期待するのがよろしくない。「すべてを疑え」などと言っても,上に書いたように11次元物理とかナノテクとかは個人で確かめようがないし,専門家に訊けとかいっても,身近に信頼できる専門家がそうそうころがっているわけでもないので,せいぜい用心して生きていくように,くらいしか言えない。 次の文章へ。 中村匡のホームへ戻る。 |
2003/05/20