最近,更新が遅れているうちに「書かなくちゃ」と思っていたネタの鮮度が落ちてしまうので,ちょっと短いやつですが,とりあえず書いておきます・・・と書いているやつが長くなってきたので,別ページにします。 タイトルが意味なしなのはあいかわらず。
12月1日
- 12月になった。毎年思うのだが,12月に入ると大学教授などが書いた「12月の旧名は師走である。師走は“師が走る”と書くが,私は走り回ってなんたらかんたら・・・」という手合いの文章がいろんなところで目に付く。たとえば水無月(って6月だっけ?)になったからと言って,“水無”というのをネタになにか書いたのはあんまり見ないが,なぜ師走だけ注目されるのであろう? それはともかく,こういう文章を書いている人って,こんな十万人が百万遍も使って手あかだらけのレトリックを粋だと思って使っているのだろうか? それとも,お約束だから,まあしょうがなしに書いているのだろうか?
- こういうステレオタイプの文章って結構ありますね。ちょっと思いつくだけでも
- “音楽”っていうのは“音を楽しむ”と書く。
- “演奏”を意味する“play”には“遊ぶ”という意味がある。
- デュークエリントンは「音楽にジャズもクラシックもない。あるのはよい音楽と悪い音楽だけだ」と言った。
・・・あれ,もっと思いつくかと思ったけど,これしかうかんでこない。それに音楽関係しかないぞ。連想力貧困。まあそれはおいといて,たとえば,上の二つをもってきて,「日本のクラシック界には遊びの要素がすくない,ヨーロッパ人を見たまえ,音を楽しんでいるではないか」などとおきまりの文章が続くのって,よく見かけません? あるいはCDのライナーなんかで3番目のやつをもってきて,「そして,ここにあるのはまさしくエリントンの言った“good music=よい音楽”だ(*)」とかなんとか書いてあるやつ。
- で,ふと気づくと,そろそろ「・・・というおきまりの文章が続くのって,よく見かけません?」というのもよく見かけるようになってきたかもしれない。すると今度は『「・・・というおきまりの文章が続くのって,よく見かけません?」というのもよく見かけません?』というのもよく見かける,などとプログラム言語で言うところの再帰的呼び出し状態になってくるのであろうか?(いや,別になったから困るとかいうわけじゃないが。)
* こういう首筋あたりがカユくなってくるようなライナーって,1980年ころのフュージョンによくあったなあ。
11月10日
- ゲーム学会発足という記事を読んで,ちょっといやだったのは初代会長の挨拶の
「とかく、ゲームは悪いというイメージがあるが、ゲームでないと学べないこともある。町作りゲームなどをするうちに、経営面などさまざまなことが身につくこともある」
というところ。まあ,立場上こう言わざるを得ないのかもしれないが「さまざまなことが身につく」なんてどうでもいいじゃん。なんか目的と手段をはきちがえているようで,つまり人間が生きる目的は,ざっくっと言ってしまえばハッピーになるということで,その手段として「さまざまなことが身につく」というのがあるべきでしょう。ゲームはそれとは別の面で人をハッピーにしているわけで,説教くさい実益なんか無視しちゃった方がよい。で,実は基礎科学も同じようなもんで,っていう話をしだすと長くなるな。似たようなことを以前に書いたような気もする・・・。
- それと反対に気に入ったのがこれ。めちゃいい。ここの
購入したら、まったくセキュリティパッチを当てていないIEで ActiveX を無条件で ON にして楽しくウェブブラウジングしますよ(w
というコメントが豪快でいいなあ。実はナカムラはNetscape@MacOSXで,日頃「ウイルスが来ないのが最大の利点」などとうそぶいているが,こういうときはうらやましい。
- 「破綻国家の内幕」(東京新聞取材班著,角川書店)という本を読んだ。これを読んで怒りを覚えない日本人は当事者だけだろう。実は,大学などの研究者はかなり役人に近いメンタリティを持っている(*)と,以前からナカムラは思っていたのだが,これを読むとまだまだかわいいもんだなあ。“天下り”とかないし。
- どうでもいいけど,テレビでパパイヤ鈴木をみると「ラッキー池田はいまごろ何しているんだろう」と思うのはナカムラだけではあるまい。
* 態度でかい,身内を不当に大切にする,本来の目的よりも自分の縄張り拡張に重きをおく,失敗しても責任をとらない,そして,これらの“悪”を悪いと思っていない,等々。もちろん,そうじゃない立派な研究者もたくさんいますが。
10月25日
- やっぱりエルゴード理論って,統計力学の基礎としてはおかしいのか。ナカムラも学生のときに統計力学を習ったときから,疑問に思っていたのです,というのはウソで,学生のころは何の疑問ももたずに信じておりました。まじめに疑問を持ったのは,研究者になって,ものを考えるようになってから。
それはともかく,物理の教科書にあるような基礎的な概念って,結構怪しいのがあるんじゃないかなあ。ナカムラの専門のプラズマで言うと,基礎方程式であるブラソフ方程式をBBGKY理論から導出するあたりは,どうにも信じられないのだけど。
- 先日書いた,中学幾何難問について,問い合わせが何件かありました。ナカムラが正解と信じているのはこれです(あってるよね?)。結構短いでしょう?
- 幾何の問題にも反応があったが,10月11日に書いた“驚羅大四凶殺”にも反応があった。やっぱり間に合っている,じゃなくて,マニアっているんですね。(実は前回は“驚羅大四凶殺”が書きたくて他の話題をでっちあげた。)
- 悪魔の発明,両側コンセントの話題がまた盛り上がってるが,両側コンセントファンのはしくれとして,ナカムラも利用法を考えてみました。片方を壁のコンセントに差し込んで,もう片方を部屋のなかに無造作に置いて,ダモクレスの剣のように部屋の緊張感をたかめるという前衛芸術にするのはどうでしょう。“空間の緊張”とかいうタイトルをつけて。(←イマイチ・・・)
10月11日
- ぼんじゅ〜る日記(2002/10/08)をみると(坪氏,たびたびお騒がせしてゴメン),先日の世界一おもしろいジョークがあんまりおもしろくないのは,訳がうまくいかないからと書いてあった。確かにそうだなあ。しかし,それがわかってもやっぱあんまりおもしろくない,ホームズねたの方がいいと思うのだけどいかがです?
- で,その同じ日のぼんじゅ〜る日記に書いてあったのが,小柴博士のノーベル賞受賞の話題。まあ,ナカムラの同業者でこの話題が気にならないという人はおるまい。「ロックスターになりたくないというやつを連れてきてみな。そしたら大うそつきに会わしてやるよ。」という映画のセリフがあったが,ノーベル賞が欲しくないという研究者は(*),たぶんいないだろう。ナカムラも来年のいまごろ,ノーベル委員会から「ぜひ,もらってください」と泣いて頼まれれば考えてやらんわけでもない。
- その小柴博士がインタビューで“実験屋”とか“理論屋”とかいう言葉を使っていたが,これはこの業界にいる人以外にはかなり奇異な言葉遣いらしい。ナカムラも以前,会話の中で友人に指摘されて初めて気がついた。まあ,どの業界にも独特の言葉遣いがあるとは思うが,ナカムラのまわりでも外からみるとかなり怪しげな会話が普通に話されている。たとえば研究会のあとに懇親会があって,初対面の研究者に自己紹介で「あ,中村といいます。プラズマやってます。」「どうも,エックスの鈴木です。」なんて会話をするが,考えてみるとかなりシュールである。ちなみに“エックスの”というのはエックスジャパンのメンバーということじゃなくて,X線天文学を研究しているという意味である。
- ノーベル賞関連の話題で,いくつかのサイトでとりあげられていたが,この平沢某というおっさんが
「島津製作所や浜松ホトニクスのようなメーカーは、研究者の目的に合った装置を作るのが仕事。田中さんに『こんな実験をしてみたい』と独創的な提案をした研究者が、だれかいたのではないか」
と本気で言っているのだとしたら,こいつは最低な奴だ(**)。
- それからちょっと面白かったのは,ここの文部省幹部とかいう匿名の人物の「湯川さん、朝永さんは孤高の富士山のようだった。今度は頂きが幾つもある八ケ岳」というコメント。富士山は標高3776m,八ケ岳は最高峰の赤岳で2899m。知名度から考えても,なんとなく「小粒になった」という意味をとってしまうのはナカムラの邪推か。それとも驚羅大四凶殺が大威震八連制覇になったということか(意味不明)。
- ところで,この小柴博士の受賞理由になった研究が主になされていた1980年代中頃に,ナカムラは同じビルの4階にいた(小柴研究室は3階)。学科がちがったので直接お話しする機会はなかったが,廊下ではしょっちゅうお見かけしていた。この商売をながく続けていると,結構身近にノーベル賞受賞者がいるようになりますね。で,ナカムラは“廊下でお見かけしていた」という程度だけど,ノーベル賞なんかもらうと,「あいつは高校時代は実は俺のマブダチで」なんて人がわんさか出てくるんであろうな。ナカムラもこのバンドが武道館コンサートをやるようになったら,「あのバンドのギタリストに俺はギター教えたんだぜ」なんて自慢しよう(***)。
* もちろん,第一目標がノーベル賞というのは少数派だろう。多くの研究者にとって,第一目標は“一発,でっかいことをやる”で,その余得がノーベル賞といったところではないだろうか。
** それとも,もとの発言の文脈全体を通してみると,なにか別の意味だとわかるのだったとしたら,この記事を書いた記者が最低だ。(それともそれともナカムラの読解能力が最低なのか?)
*** 本当は教えたのは“コンピューター演習A”なのだが。
10月07日
知る人ぞ知る,
ぼんじゅ〜る坪内氏の日記(2002/10/04)で知ったのだが,“
世界で最もおもしろいジョーク”なるものが発表されたそうですね。これは少なくとも“英語で書かれた中で”という但し書きが必要だと思うのだが,まあそれはともかくとして,これを読んで「ぜんぜんおもろないやんけ」という方も多かろう。鈴木義司の漫画をおもしろがるという人(*)もいるように(いるのかな?),おもしろさの感覚というのは人によってちがうので,よくわからんが,少なくともナカムラにはあんまりおもしろくなかった。で,
情報源のサイトをみてみると,1位より
2位の方が圧倒的におもしろい。ナカムラの拙訳で紹介すると
ご存じシャーロック・ホームズとワトソン博士(**)のコンビが,ある日キャンプに行った。夜になってワインつきの素敵な夕食を終えた二人は眠りについた。そして何時間かののち,目を覚ましたホームズがワトソン博士をつついて言うには
「ワトソン君,空を見てみたまえ。」
「すごい数の星だねえ,ホームズ。」
「この星空から推理して,なにがわかるかね?」
ワトソン博士はしばらく考えてから答えた。
「そうだね,天文学的観点からは,何百万もの銀河があってその中に多分,何十億もの惑星があるんだろうということがわかる。占星術的観点からは,木星が獅子宮に入っているねえ。時間的観点からは,今の時間はだいたい3時15分ごろと推察される。気象学的観点からは,たぶん明日もいい天気だろう。最後に神学的観点からは,神は全能におわしまして,そしてこの宇宙にくらべれば我々なんかちっぽけな存在だってところかな。君には何がわかるんだい,ホームズ?」
「!!」
「・・・?」
「どあほー!テントが盗まれたんぢゃああぁぁっ!」
ね,なかなかいけるでしょ? (ナカムラが訳すとホームズのキャラが上方漫才風になる気もするが・・・。)これ以外にも
ここにある各国のベストの方が,一位のやつよりもおもしろかった。ドイツのやつがいい。しかしこのウェブサイトで一番面白かったのは
ここの写真かも(このおねえさん,誰なんだ?)。
* これについては,以前にどっかに書いたと思うのだが,探すのめんどくさいのでリンクなし。
** ところで“Dr Watson”を“ワトソン博士”と訳すのは正しいのだろうか? たしか医者だったはずだが。
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