歴史上,もっとも偉大な数学者はだれか? 多くの人はフリードリッヒ・ガウスをあげるでしょうね。いま,大きな本屋に行って,なんでもいいから理工系の本を一冊とって目次を見ると,3冊に1冊くらいは「ガウス***」という項目があるのではないだろうか? ガウスの定理,ガウス分布,ガウス過程,ガウス積分などなど,盛りだくさん。これは1980年ころのフュージョン(あのころは「クロスオーバー」っていいましたね)のアルバム(あのころはLPでしたね)を手に取ると,3枚に1枚はスティーブ・ガッドがドラムをたたいているようなものだ・・・だいぶちがうな。
では,歴史上もっともカッコイイ数学者はだれか? これは,もう,エヴァリスト・ガロアでしょう(*)。フランス革命前夜に生まれ,十代後半から革命運動に身を投じ投獄されたりするのだが,21歳になる直前に女性問題がもとの決闘で死亡。そして,その決闘の前夜に自分の研究結果をまとめて,友人にあてて手紙を書くのだが,そこから現代数学の一大分野である「群論」がはじまったのである。死ぬ間際に,看取った弟に言った言葉が「20歳で死ぬにはありったけの勇気が必要なんだ」というのもカッコイイが,ナカムラは遺書の中の言葉「いかがわしい浮気女のために,僕は死ぬのだ。僕の命が消えるのは,こんなばかげた無駄な話。」というのがとっても好きだ。「いかがわしい浮気女」とわかっていても,命をかけて決闘したくなるような女性っていますよね,男性諸君。
ナカムラはこの話がメチャカッコイイと思って,あるとき,酒を飲みながら友人に話したのだが,その反応が「ふーん,勉強ばっかりしていて,女の子のあつかいかた,知らなかったんだね。」おい,ちょっと待ったれ,おねーさん。(友人は女性だった)ナカムラの,というより世界中の理系青年のあこがれの,天才ガロアをキミの高校時代のガリ勉クラスメイトの高橋君とか木村君(**)なんかといっしょにしないで欲しい。天才ガロアは,高校の休み時間にチャート式なんかで「分数式は富士の山」なんて,セコく勉強(***)しているやつらとは,月とスッポン,イギリスとキリギリス(****)ほど違うんだ。
(*) わかいころに,きら星のような研究成果をのこしたのち,「四元数」で世界を制覇しようとするも大コケして,へろへろのアル中じじいとして死んでいったハミルトンとかも,ナカムラはかなりカッコイイと思ってるんですが。
(**) 適当にありそうな名前を書いただけです。もし,あなたの名前と同じならすみません。
(***) 「研究活動」というと,高校までの学校での勉強を連想する方が多いと思うが,実際はかなり違ったものである。わりと芸術家的要素が大きいと思うのですが,どうでしょう?
(****) これってドン・ガバチョの口癖でしたね。知ってる?(注の多い段落だ。)
しかし考えるに,数学とか物理とかにまったく興味がなかったら,ガロアのことをカッコイイと思うだろうか? これははなはだ疑わしい。たとえば,ジミ・ヘンドリックスといえば,ロックギターの教祖様のようなもので,ロック少年のあこがれといったら,理科系少年がガロアをあがめる比ではない。しかし,音楽といえばバッハかモーツアルト,ロックなんて騒々しい音楽は馬のいななきの方がましだ,という人にとっては,近所のヘビメタ少年のトオル君 --- これもありそうな名前を書いただけです --- とあんまり変わらない,ただ騒々しい音楽をやってる不良のあんちゃんにすぎないだろう。
人間,なにをカッコイイと思うかはひとそれぞれで,たとえば,毛利名人や高橋名人 --- なつかしい名前,今頃なにしてるんだろう --- なんてのも,ヒーローと思う少年達はいるわけである。ナカムラの知っている,多分,一般にはあまり理解されない「カッコよさ」をちょっとあげると:
- ジャズのトランペッターは,めちゃ高い音を出せるのが,ひとつの(すべてではないが)ステイタス。でも,知らない人が聴くと「シンセサイザーかな」ってなもんで,どんなに苦労して出しているかは知るよしもない。
- 冬山の登山口で50cm程度の短いピッケルを持っているやつ。普通のピッケルは70cm前後だが,これだと,岩壁をクライミングするときに長すぎて邪魔になるので,そのような難しいルートに行くエキスパートは短いピッケルを持つ。つまりピッケルの短さがレベルの高さをあらわしている。でも,知らない人には全くわからない。
- 物理などの数理科学で,計算機を使わずにペンとノートだけで,方程式を解く。でも,実際に得られた解は,往々にして「合流型超幾何関数」とか「ルジャンドル陪多項式」とかいう恐ろしげなものになって,意味を理解したり,グラフを書いたりするのに結局計算機を使っちゃう。はじめから計算機で解いた方が速くて正確なこともよくある。でも,ナカムラのタイプの研究者にとっては,はじめから計算機を使うのは敗北なんだな,実質的な意味はなくても。
- 裏道。もともと,交通渋滞を避けるために使うはずだが,一部のマニアには,どれくらい裏道を知っているかという,それ自体が誇りになっている。そして少々の渋滞なら幹線道路を行った方が速いのに,つい裏道にまわってしまって,結局損をする。「裏道師,裏道に溺れる」という格言(ナカムラがつくった)の通り。
- 以前,ナカムラの友人が,東京の準高級住宅地に住んでいたのだが,そこの若いママさんたちの間では,子供をどの病院で生んだかが自慢なそうだ。「聖ナントカ(このナントカの部分がカタカナ)病院」という系統が,ステイタスが高いそうである。
こうみていくと,人間,いろいろあって楽しいですよね。ところで,上にあげた例のうち,最後のやつだけ,なんか反感あるなあって方いませんか? 高橋名人が「秒速7連射!」とかを誇りにしているのはほほえましいが,子供が産まれた病院を自慢にするのはちょっとね,と思うひとも多いだろう。実はナカムラもそのように感じるひとりです。何故だろう? 他の例も,価値観を共有しない人間には意味のないこと,つまり,他の人にとってはプラスマイナスゼロの評価対象なのに,最後のやつだけ,やや少しマイナスに傾いているような気がする。「上流階級」ってのに反感があるからだろうか? 自分の努力で達成したステイタスじゃないからかな? それだけじゃないような気もするが。
短信:
- 前回の“じょおう”対“じょうおう”のアンケート結果をここに表示しました。これは現時点までの結果で,回答は随時うけつけております。ところで5月2日現在の結果を見ると“じょおう”=18,“じょうおう”=18できれいに半分にわかれている。だいたい半々とは思っていたが,ここまできれいに50%になると,なにか理由があるのではと思っちゃう。確かなことを言うにはもっとデータが必要なので,みなさん,アンケートにご協力ください。
たとえば,多くの高等動物の雄雌の数の比は,ほぼ1対1だが,これは決して自明なことではなく,数理生物学上の面白い問題だそうな。“じょおう”対“じょうおう”比も1対1になる必然性があるような理屈をちょっと考えたけど,思いつかん。
- 「メキシコ国境の町のマリアの話は,その後どうなったんだ?」という問い合わせを複数いただきましたが,マリアは牧場で働いているフェルナンドと結婚して幸せに暮らしました・・・っていうのじゃなくて,あの話の続編ですよね? すんません,割と忘れてました。近いうちに書きます。
- 今回のタイトルも本文に関係ありません。出どころは・・・わかる人も結構いますよね。意味はナカムラにもわかりません。しかし,確かに「大仏文書」の量が増えてきたら,ナカムラはどうする気なんだろう? 少なくともインデックスページのレイアウトは変えなくちゃ。そもそも,こんなに続くとは予想していなかったもんで・・・。
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