ぱぱちち

 ナカムラは自分のことを科学者のはしくれ(*)だと思っている。そして科学者は真実を探求する,はずだ。だからナカムラは真実しか語らない,はずだが …。まあ,ときにはここの大文字の部分のような他愛のない嘘はつくが,その場合はすぐに嘘であることをばらすので,害はないでしょう --- などと書くのは,今から書く話を友人などに話すと「おまえ,それ,話をつくっとるやろう」とよく言われるからである。天地神明にかけて誓うが,これは本人から直接聞いた話,ナカムラはひとかけらの脚色もしていない。
 といってもたいした話ではない,ナカムラの友人で,大学に入るまで「ままはは(継母)」の男性版は「パパちち」だと思っていたやつがいる,というだけことだ。でも,なかなか秀逸だと思いません?(だから作り話じゃないんだってば。)この手の,大人になるまで訂正されなかった勘違いって,誰にでもひとつふたつあると思うけど,この「パパちち」っていうのは,そういうなかでも三ツ星級だと思う。考えてみると「ままはは」とは言うけど,それに対応する「ままちち」ってあんまり使わないですよね。こういう言語の非対称性ってときに不便なことがある。たとえば「雪女」の男性版は「雪男」じゃないとか,訳語だと「おんな男爵(baroness)」とか。

*「はしくれ」という言葉が妙にしっくりくるのも困ったもんだが。

 というわけで,今回は「雪男」の話,かと思うとそうではなくて,勘違いの話である。かく言うナカムラも,「パパちち」ほどではないけど,その手の勘違いは結構あった(*)。今でも憶えているのは「出不精」のことを「デブ性」,つまり太った体質のことだと思っていたというやつだ。そう信じて生きていると,なかなか訂正されることがなくて,たとえば,友人同士であそびにいこうとかいったときに:

「あれ,あいつはこないの?」
「来ないって言ってた。」
「まあ,あいつはでぶしょうだからな」

などという会話をきいても,「ああそうか,太ってるから遊びにくるのがおっくうなのか,でも,そんなに太ってるっていうほどでもないけどなあ,精神的に太ってるってことかな」などと納得してしまう。よく考えると「精神的に太ってる」なんて,とっても意味不明なんだが。
 しかし,「でぶしょう」の場合は,なかなか訂正されないと言っても,そのうちに「出不精」と漢字で書いてあるのを見ることもあるし,会話の中でも「でも,あいつってそんなに太ってないじゃん?」とか言ってしまったりして,そのうちに間違いに気づくであろう。ちなみに幸いにしてナカムラの場合は前者のパターンで気づいたので恥をかかずにすんだ。

*ちょっと不安なのは,実はいまでも勘違いしていることってあるんじゃないかな,ということ。そのうち,どっかで大恥さらすんじゃないだろうか。ナカムラがお世話になったある大学教授は,定年退官されるまで(そしておそらくは今でも)「悪酔い」のことを「あくよい」と読んでいらっしゃった。

 だが,実は,圧倒的に多くの人が,間違いに気づく機会なく,墓場までいってしまうという言葉が実はあるのである。なにか?「女王」の読みである。と,書くと,もうそんな話はよく知っているよ,という人以外は,「え,そんなん“じょおう”じゃないの?」という人と「それは“じょうおう”でしょう」という人の二通りに分かれるはずだ(「そんな字,読めまへん」という人もいるでしょうね)。
 「うっそー,だってまわりのみんなは“じょおう”(あるいは“じょうおう”)って言ってるよ」とみなさん思うだろうが,ちょっと,まわりの人にきいてみて欲しい。ナカムラが調べた --- って,身近な人々にきいただけだが --- ところによると,“じょおう”派と“じょうおう”派はだいたい半々くらい存在する。ところが,“じょおう”と“じょうおう”の発音の差は非常に微妙なので,相手がどう発音しようと,自分の思いこんでいる方の発音だと思って聞いてしまうのだ。

 実は人間というのは会話のききとりで,相手の発音を一音一音聞いている訳ではなく,全体の文脈から適当に想像して自分の語彙の中にある単語にあてはめて会話を理解している。アメリカで行われた心理学の実験で,地図に関する文章の「map」という発音をすべて「nap」に置き換えて読んでも,聞かされた人間はほとんど全く気が付かないという報告があるそうな。だから,たとえば,あなたが“じょおう”派だったとして,会話のなかで,相手が“じょうおう”と言っても,「ああ,“じょおう”と発音してるんだな」と理解してしまって違いに気づかない。
 そして,文字に書かれた文章だと,「女王」と漢字になっているので,読みの違いに気づくことはない。かくして,われわれ日本人は“じょおう”派と“じょうおう”派の二大派閥 --- それと少数の「読めまへん」派 --- にわかれているのに気が付かずに毎日暮らしているわけだ。もし,この次に,宴会などで話題に困ったときには,是非,そこにいるみなさんがどちらの派閥か調査してみてほしい。ちなみに,もともとの日本語では“じょおう”が正しい読みだったらしいが,辞書によっては“じょうおう”も載っているそうだ。

 では,なぜナカムラはこの隠れたる二大派閥 --- プラス少数派の「読めまへん」--- の存在に気が付いたかというと,コンピューターで「女王」と入力しようと思ったからだ。ナカムラの使っている漢字変換プログラム(以下「FEP」と略す)はATOK11なのだが,これだと“じょうおう”--- ナカムラは“じょうおう”派だった --- といれると「貞応」,「承応」とでてきて「女王」にはたどりつかない。ということは,コンピューターで文字処理をするようになった最近では,この闇の二大派閥(プラス少数派「よめまへん」:しつこい)の存在に気づく人間がすこしづつ増えてきているのであろう。しかし,もし,FEPのメーカーの多くが“じょうおう”でも「女王」と変換するようにプログラムをつくるようになってくると,また,この派閥の存在は闇から闇へ消えてしまうにちがいない。

 と,ここまで考えてくると,FEPメーカーの日本語への影響力って大きいですよね。しかもFEPメーカーってそんなに数はない。いま,メジャーどころと言えばATOKとIMEと「ことえり」くらいしか思いつかないが他にあるのかな? VJEってまだ生きてる? ある試算によれば,現在,日本国中で読まれている文章の93%はコンピューターやワープロなどで電子的につくられたものだそうだ --- なんて嘘にはもう,みなさん,だまされないでしょうが,でも,とにかく,今は電子的につくられた文章の量は圧倒的である。しかも,その中の多くは上述の三つのFEPのどれかを使っている。ということはマイクロソフトとアップルとジャストシステムの三社が共同して日本語を変えようと結託すれば,ある程度はいくんじゃないか。
 たとえば,すべてのFEPが「いわゆる」と入力すれば,第一候補として「云わゆる」と出てくるようにすれば,10年くらいたてば,「云わゆる」が標準になると思う。また,暴走族上がりのプログラマが「よろしく」の第一候補を「四露死苦」にすれば,大多数の日本人もこう書くようになるはずだ・・・ってことはないだろうな。さらに,最近のFEPは<<「の」の連続>>とか<<「ら抜き」表現>>とか,いらぬ警告を発してくれるが(*),こういうので日本語の文体をある一定の方向に誘導できるような気がする。

*これって,前回ちょっとふれた,必要のないソフトウェアの機能の追加の<<「の」の連続>>いい例ですよね。

 もともと,日本語の規範というのは諸橋大漢和辞典とか広辞苑とかの影響が強かったが,これらは偉い国文学者の先生方が編纂されていたわけである。最近までは,それに加えてマスメディアの影響というのもあった。「破廉恥」という単語は永井豪の「ハレンチ学園」以来,意味がかわってしまったし,ビレッジピープルの「マッチョマン」によって,「マッチョ」という単語は日本語になった。で,コンピューター社会の現在では,さらにFEPメーカーという隠れた影響力が台頭してきたわけである。
 これはなかなか面白い状況である。FEPメーカーの社員は偉い国文学者でもなく,大ヒットをとばす作家やミュージシャンでもなく,われわれの身近にいるような市井のひとびとなのだろうが,それが日本語の将来に強い影響力をもつことになるのである。こういう影響力って,本人達はどれくらい認識しているのかなあ。

 しかし,マイクロソフト,アップル,ジャストシステムの三社共同で日本語を変えようという陰謀は,じつは90年代までにやっておくべきで,もう遅いかもしれない。というのは,今からは携帯電話やPDA,あるいはプレイステーションなどのゲーム機が進出してくるので,コンピューターのFEPを独占したからといって,圧倒的多数を支配することにはならなくなってくることが予想されるからである。ナカムラの友人の間では「増井の野望」というのが有名で,近い将来,日本の入力システムはPOBoxが支配するという栄光のシナリオができあがっている。ということは,作者の増井さん(ナカムラの大学サークルの先輩)が諸橋先生や金田一先生をおさえて日本語を支配するのだろうか。恐るべし。


さて,ここでアンケートにご協力下さい。あなたはどれですか?

じょおう派  じょうおう派  よめまへん

ここで送信されたデータは,ここで結果報告する以外には使いません。(他にどんな使い方があるっていうんだ?)また,上の三つのどれかを選択したという以外の情報(IPアドレス等)は届かないようにプログラムしてあるので,気軽にお答えください。現時点の結果(*)はこれです(自動集計してます)。

*実は5月2日午後6時頃まで,この表示にはバグがあって,“じょおう”派と“じょうおう”派の数を逆に表示しておりました(今は治ってます,たぶん)。ここの結果を使ってなにか新しい研究を始めたかたは,もうしわけありませんが,もう一度計算しなおしてください・・・。バグをご指摘いただいた針谷さんに感謝します。

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2001/04/20