カリフォルニアの青い空

 ちょっと前に,とある書店の楽譜売場にいったら棚が「邦楽」「洋楽」と分類されていた。「洋楽」とかっていう単語を久しぶりに見たような気がする。そういえば,「歌謡曲」っていうのはもう死語になったのだろうか(注)。ナカムラが小中学生のころは,(1970年代なのだが)学校のクラスの男どもはだいたいみんな歌謡曲を聴いていて「天地真理 vs 浅田美代子」みたいな話題で盛り上がっていた。もちろん女の子は女の子で西条秀樹とか郷ひろみとかがアイドルだったわけである。そんななかで,クラスに2人か3人くらい「ビートルズ vs ローリングストーンズ」みたいなスカしたやつらがいて,「歌謡曲なんてガキむけの音楽なんか聴けるかい」と,ちょっと気取って「洋楽」を聞いていたように思う。
 ナカムラはそんな洋楽派だったので,そのころはやった洋楽をいまでもよく憶えている。スリードッグナイトの「ブラックアンドホワイト」とかラズベリーズの「ゴーオールザウェイ」とかいう --- こんなふうに英語そのままをカタカナで書くと,あのころの洋楽の雰囲気がでますね --- 曲名を聞くと「おお,なつかしい」と感涙にむせぶ方もいるのでは?

(注)貴地久好,高橋秀樹著「歌謡曲は,死なない」って本にこの辺の考察があります。おもしろかったです。

 そんな曲のなかで,「カリフォルニアの青い空」というのもありましたね。この曲の出だしは「Seven fourty sevenにのってカリフォルニアにやってきて・・・」っていう内容だったと記憶しているが,「Seven fourty seven」とは,ボーイング747のことである。さらにナカムラの記憶が正しければ,ナカムラの友人の洋楽派の岩本君が,この歌を歌っていた憶えがあるので,岩本君(いまごろなにしてるんでしょうね)とナカムラが同じクラスだった1972年には,もうこの曲はあったはずだ。
 なにを言いたいかというと,ボーイング747は少なくとも30年近くまえにはもうあった,そして,それから現在まで30年もずーっと現役で活躍しているということである。しかも,現役といっても引退間近のよれよれ,というのではなくて,いまでも航空会社の主力機種なのである。たぶん,いまからすくなくとも十数年は主力機種でありつづけるであろう。これはどういうことなのだろうか? ボーイング社は技術開発をサボっていて,新機種を出していないのか? そんなことはない,ロッキード事件をみてもわかるように航空機業界の販売競争は熾烈で,サボったりしていてはとても生き残れない。そうではなくて,大量輸送の旅客機に必要な性能は747で満たされてる,つまり,旅客航空機を造る技術は30年前にもう完成されていて,それ以上進歩の必要がないということであろう。

 工業技術というのは常に着実に進歩し続けていて,今年の製品は確実に去年のよりよくなっている,という漠然とした信念がわれわれにはあるが,実は個々の製品をみてみると,ある時期に技術的に完成されてしまって,それ以降は「おまけ」の機能みたいなものが充実しているだけで,本質的には進歩していないというものが多い。40年前の扇風機を今使っても,とくに不便はないでしょう? あるいは,自動車なんかもオートマチック車が開発されて以降,電気自動車を別にすれば本質的な進歩はない。いま,あなたの乗っている日産マーチが,あしたから1965年製のフォルクスワーゲンビートルに替わっても,(ビートルがちゃんと走るかぎり)なんの問題もないはずだ。排気ガスは問題かな。

 あたらしい工業製品が市場にではじめたころは,毎年あたらしいモデルが出る度にどこかしら本質的な改善がなされて,ユーザーは「ああ,便利になったものよ」と感心するのだが,ある時期を境に,その進歩は止まってしまう。みなさんの多くが最近体験したのはコンピューターであろう。1990年ごろまでは,新しいマシンは,旧モデルよりも圧倒的に有利だった。液体金属ターミネーターとシュワルツネッガー型のターミネーターみたいなものだった。また,ソフトウェアもどんどん便利になっていっていて「おお,今度のワープロは図までかけるぞ!」などと感心したこののある方も多いだろう。
 しかし,たとえば5年前のハード・ソフトと今のを較べて,便利になったかどうかという以前に,どこが違うのかすらイマイチワカランという状況ではなかろうか? Windows MEとWindows 95ってなにが違うの? MS Word 2000とWord Ver 6は? ナカムラにはぜんぜんわかりません。ハードウェアのスペックはどんどんあがっていっていて,CPUは速くなるし,ディスクは大きくなるけど,とっくの昔に,普通に使っていれば必要のないレベルを越えている。たとえば,自動車が,それまで最高速度300kmだったのが新モデルだと350kmになった,といっても,実際の運転ではせいぜい120kmまでしか出さないのならば,どうでもいいようなものだ。ちなみに,今,ナカムラがこの文章を書いているのは9年くらい前に買ったMachintosh Classic IIである。CPU68030 16MHz主記憶4MB,つまり,今の標準的なマシンスペックの20分の1から50分の1の能力しかないわけだが,文章を書くだけならこれで十分である --- やっぱ,ちょっち遅いかな,画面小さいし・・・。

 で,Windowsとボーイング747の本質的な違いはなにかというと,それを買う人間が素人かプロかということだろう。アラブの石油王ででもないかぎり747を個人で買うやつはいない。航空会社の専門の人間がいろいろ吟味して買うわけで,彼らはプロなので,本当に必要なものはなにかをよく理解している。それに対して,パーソナルコンピューターのソフトウェアはわれわれのような街のおっさんがよく調べもせずに買う場合が圧倒的に多い。
 実は今,コンピューターのソフトウェアに本当に必要なのは,要りもしない新しい機能ではなくて,バグをちゃんとつぶして信頼性の高い完成品をつくることであるが,これは素人の目にアピールしない。もし,マイクロソフトがWindows 95を発売したのち,新しいOSの開発をやめて,バグつぶしに専念していたとすれば,いまごろは素晴らしいOSができていたはずであるが,それでは会社のもうけにならない。2,3年おきに,不必要な新機能を満載して「ほーら,こんな新バージョンがでました。まえよりこんなに便利になってます」と言ってバグだらけの新OSを売らないと儲からないのである。
 この手のごまかしはプロにはきかないから,ボーイング社は「ボーイング・ミレニアムエディション」とかいう新製品を出したりはせずに,747をずっと売り続けることになるのであろう。

 つまり,一般素人を相手に商売をする場合「新製品が前より良くなっている」という幻想を延々と続けなくてはならないのである。少年ジャンプの漫画で,新しい敵をどんどん強くしていかなくてはならないようなものだ。「驚羅大四狂殺」よりも「大遺震八連制覇」のほうが,そして「大遺震八連制覇」よりも「天頂五輪大武会」のほうが,はるかに悪くて強い敵を用意しないと読者にあきられてしまう。
 そういう意味で面白いのは歯ブラシのCMである。歯ブラシ会社というのは1年か2年おきくらいに新製品を出して,毛先の質だとかハンドルの形状だとかを変えて「前の製品にくらべて,こんなによくみがけます」というCMをやっている。ナカムラが子供のころから,ずっと,そういうCMをやっているので,もし,毎年そんなに進歩しているのなら,今の歯ブラシは天地真理の頃の300倍くらいよくみがけそうな気がする。カミソリのCMだってそうだ(注)。毎年,「こんなに深ゾリがきくようになりました」ってCMをやっているが,髭の場合,長さゼロという上限があるのだから,無限に進歩し続けるというのはどう考えても無理だ。

(注)ところでナカムラは前々から疑問なのだが,深く剃れるカミソリってなにがうれしいのだろう? CMで「今朝剃ってきたところなのに,まだ,こんなに剃れます」みたいなのがあるが,だからどうだっていうんだ? どうせ,次の日の朝にはまた髭を剃るわけで,その時までに無精ひげが顕著になりさえしなければ,どうだっていいと思うのだが。

 さて,ここで,ナカムラが自分の業界をふりかえって鑑みるに,このような「無限に進歩する幻想」は科学研究の場合にもやっぱり存在する。大学や研究所の研究者というのは,とくに基礎研究の場合,「以前とくらべて,こんなに研究が進歩しましたよ」とアピールすることによって,予算をとってきたり,出世したりするわけである。また,個人の研究者レベルではなく,あるひとつの研究分野でも,そこが活発に進歩しているという幻想を外部にあたえることが,分野全体の存亡にかかわってくる。だから,「プラズマ物理の理論は1970年以降,本質的に進歩していない」なんてのは「実は歯ブラシの効率は昔と較べてそんなに変わってません」というのと同様,こんなウェブサイトなんかにおいそれと書くわけにはいかない,書いてるけど。これってプラズマ物理にかぎらず,かなりの分野で同じようなもんだと思うけど,どうです,他の分野の方々?

 でも,そうやって「進歩幻想」売って生きていくのって,本質的にかっこわるいですよね。歯ブラシの場合はそれでも売れて企業収益があがればいいんだろうけど,ナカムラのような公務員研究者は,直接自分の利益につながったりしない。だから,もっと本当に進歩していると感じられる仕事をしたいと思うのは自然なことだろう。じゃあ,どうするのか? 多分,新展開を探すのが正しい道だと思う。たとえば,ガソリン車の技術はもう進歩しなくても,電気自動車なんかはまだ未知の領域のはず。あるいはパーソナルコンピューターはもう行き詰まっていても, 携帯電話のコンピューター的用途はまだまだ発展途上だ。今の携帯電話の新機種って確実に前のより強力になってますよね,入力にPOBox使えるようになったりとか。
 と,言うは易しなのだが,実際にはそう都合良く新展開がみつかるわけじゃないのが現実である。なんでもいいから新しいものをとりいれればいい,なんて安易に考えると「インターネット電子レンジ」みたいなジョークとしか思えないものをつくっちゃったりするし。でも,基礎科学の研究の場合は,はずれてもともとなのだから,とりあえず,一生懸命新しい努力をしてみて,はずれてしまったら潔く「すんまへん,ダメでした」と引き下がるのが正しい道だと思う。なかなか難しいけれど。


短信:(本文とは関係ないです)
  • アルフレッド・ランシング著「エンデュアランス号漂流」(新潮社)を読みました。めちゃ感動した。新幹線の中で感涙にむせびそうになって困った。ぜひお勧めです。
  • このページをリンク・引用していいですか,という問い合わせがありましたが,もちろん,ご自由にお願いします。光栄です。法的には著作権ってナカムラにあるのでしょうが,そんなにだいそれた文章じゃないので,どんなふうに使ってもらっても結構です。
  • 上の文章で「歌謡曲は死なない」と「POBox」についてふれておりますが,これらの作者(別人)はナカムラの友人です。さりげないPR。ぜんぜんさりげなくない? でもどちらもお勧めです。
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2001/04/13