未来の歴史学者へ
 ナカムラは大学は理学部の出身である。理学部の研究というと,黒板にこむつかしい数式を書いたり,白衣を着てフラスコの中のあやしげな液体をビーカーにうつしたり,というのが一般的なイメージではないだろうか? もちろん,そういう研究をしている人も結構いるが,そればかりではない。地質学などだと登山家顔負けの装備と技術で山奥深く分け入ったりするし,ナカムラの知人の中には,アラスカやスウェーデンの極北の奥地にオーロラの観測に行ったりするものも多い。シロクマに襲われた人もいる。

 そんななかで,漢文の素養がいる理学部の研究部門があるのをご存じだろうか? 歴史地震学である。地震というやつは地中のひずみエネルギーがたまってきたらあぶないわけであるが,そのエネルギーのたまり具合を研究するのに,いつ,どこで,どのくらいの地震が起こったかのデータは欠かせない。昔は地震計なんかなかったので,百年単位の長期の地震発生分布を知るには,古い文章記録にたよるしかない。そこで,各地の古いお寺さんなどをたずね歩いて古文書を調べ,「宝永五年の地震では,庄屋の屋敷が半壊したと記録にあるので,震度は5強程度か?」などと推測していくのである。そのような古文書を読むために漢文の知識が必要なのだ。
   (注)ここの記述はまた聞ぎの話なので正確ではないかも知れない。

 こういう研究って,ちょっとあこがれますよね,実際はいろいろ大変なんだろうけど。ひんやりと暗いお寺の土蔵なんかで,昔の記録を手に取ると,その当時のひとびとと近くなったような,ちょっとタイムマシンに乗ったような気分になるんじゃないだろうか。
 じゃあ,ちょっと想像力をふくらませて,時間をずらして,未来の歴史学者が現在の書類を「古文書」として調べることを考えてみよう。これは今にくらべて格段に困難な作業に違いない。まず,文章の量が桁違いに多い。20世紀に入って多くの国で識字率が高まり,印刷物の量もくらべものにならないくらい増えているはずだ。そして,1990年代には「情報技術革命」が起こった。コンピューターをつかう人口が爆発的に増えたということは,文章を書く人間が爆発的に増えたことにほぼ等しい。電話が普及し始めた頃,「このごろの若者はなんでも電話で用をすませて,文章を書かなくなった」とか嘆くじじいがいたが,今の若者は携帯電話のメールなどで,歴史上かつてなかったほど頻繁に文章を書く。(そうするとじじいどもは「面と向かって会話するコミュニケーションができない」とか嘆くのであるが,これは今の本題には関係ない。)

 そして,WWW(注1)の普及は,あたらしい文章の需要と供給を生み出した。それまでの文章は,少数の書き手が不特定多数の読者にむけて書く,本や新聞などのマスコミュニケーションか,あるいは手紙のような個人対個人の文章がほとんどだったが,WWW上のウェブページ(注2)に,多数の書き手が不特定少数の人間相手に書く文章があらわれてきた。つまり,あなたが今読んでいるこれなんかのことです。
 このような文章は書き手がきわめて多数なので,必然的に文章の量も膨大だ。ある試算では,有史前から今までに紙の上に書かれた文章の百倍から五百倍の量の文章が,今,コンピューターの上に乗っているそうである・・・というのは今,ナカムラが勝手にでっち上げた嘘です。でも,本当っぽいでしょ?
(注1)ワールドワイドウェブ,これのことを「インターネット」と思っている人って結構いるよね。
(注2)これのことを「ホームページ」と思ってる人って結構いるよね(しつこい)。

 そして,未来の歴史学者にとって,さらに困難なのはコンピューター上の記録というのは直接は読めないということだ。歴史が始まってから,二十世紀中頃までの記録は,パラステス暗号であれ,コハウ・ロンゴロンゴであれ,少なくとも目で見て,どういう形のものが書いてあるかはわかった。ところが,電子媒体は,機械で読まなくては中身はさっぱりわからないのである。あなたのコンピューターのCD-ROMを眺めても,虹色の縞しか見えないでしょう? 
 で,電子媒体が一種類しかないならいいのだが,時代の発展にしたがって,いろいろな媒体が現れては消えていく。ナカムラが使ったことのあるものだけでも,パンチカード,磁気テープ,8インチ,5インチ,3.5インチの各フロッピー,ハードディスク,CD-ROM,ZIPディスク,5インチ,3.5インチ各MOなどがあり(DVDはまだ使ったことありません,遅れてる),またそのそれぞれに複数のフォーマットが存在する。十年後に普通に使われている媒体がなにか,想像もできない。さらに,ハードウェア的に媒体から信号が読めても,それの意味するところを知るには,適切なソフトウェアで読んでやらなくてはならない。OSが違うとアウトだし,OSが同じでも,一太郎のファイルはMSワードでは読めないし,同じMSワードでもバージョンが違うと読めない。変換ソフトがついてはいるが,おそまつな出来で,ちょっと凝った文章だと変換できない。

 よかった,22世紀あたりに歴史学をやるのではなくて,2000年あたりで物理学をやってて ----- と安心するナカムラであったが,なにかの偶然がかさなると,ここで書いている文章も,大衆の生活を研究する未来の歴史学者の研究材料になるかもしれないんじゃないか,と思われてくる。平安時代に京都のどこかの河原に書かれた落書きだとか,発掘現場から出てきて一生懸命解読してみると「わたしの尻にできものができたので,今日は休ましてほしい」と書いてあった木簡だとか,今で言うとそんな資料みたいなものになるかもしれないのである。たとえば,こんなのはどうだろうか?

 2187年夏。僕は北陸省福井地区の山奥にある旧家の土蔵の中で,古びたマシンのほこりを払っていた。僕は地元の大学の歴史学の大学院生,博士論文のために二十世紀の終わりのネットワーク社会の黎明期を調べている。この旧家の土蔵を整理していたら保存状態のいい当時のマシンが見つかったという話を聞いて,調べにきたのだ。格子の入った土蔵の窓のむこうは,夏の太陽に照りつけられた中庭がまぶしく,近くの雑木林からだろうか,かすかに蝉の鳴き声が聞こえてくる。薄暗い土蔵の中はひんやりと涼しく,子供の頃にかくれんぼをしているような感傷が一瞬よぎる。夏の終わりの夕暮れの風を待つ少年時代の自分・・・。

 お目当ての代物は年代的には1990年代おわりから2000年代の始めあたりに造られたもの,このころの呼び名で「パーソナルコンピューター」というやつだ。CPUやディスクが高かったこの時代は,ひとつのコンピューターをいろいろな家電の用途に使っていたので,漠然とこのように呼ばれていた。この時代のマシンにしては保存状態がいい。記憶媒体を磁気に頼っていたこの頃のマシンは,ディスクの劣化が著しいのが普通で,ほとんどのデータが読みとり不可能なのだが,これならいけるかもしれない。コネクタを調べる。SCSIIだ。持参の鞄の中から歴史学用のマルチプルアダプタを取り出し,SCGIIのラインを引っぱり出す。

 とにかく,この時代のデータを読むのは一苦労だ。まず,接続するソケットにあうラインを見つけることからはじまって,プラットフォームは何かをしらべる。だいたいMS,MC,UXの3タイプ(当時の言葉で,Windows, Macintosh, Unixという)あたりだが,2,3年おきにバージョンが違うし,UXだとそのカテゴリの中でさらにいろいろややこしいのがある。また,ちょっと古い時代にはVMSとかATRとかわけのわからんものも,わんさかある。メジャーなやつだとアナライザが自動的に解読してくれるが,ちょっと複雑だと膨大な手作業が必要だ。
 さらに,プラットフォームがわかっても,媒体に記録を書く物理的な方法はまちまちだし,マシンの保存状態がよくないとFATが壊れていたりして,データにアクセスするのが大変だ。そのうえ,データが読めても,どんなソフトウェアで作成したかがわからないと,内容がわからない。この時代には,まだ,目的ごとに別々のソフトウェアを使い,そのおのおのが違うファイル形式でデータを保存していたのだ。

 僕はディスクのケーブルにPCAをつなぎ,スイッチを入れた。 たぶん,スイッチが入るのは百数十年ぶりだろう,古びた磁気ディスクが低い音で回り始める。PCA ---- ポケットクラシックスアナライザ ---- で間に合えばいいが・・・。持ってきたPCAには,この時代の代表的なプラットフォームやソフトのデータが入っていて,自動的にディスクの中身の解析を試みる。うまくいけばいいが,だめなら,大学のデータベースから情報をとってこなくてはならない。築後三百年もしそうなこの土蔵にはデータコンセントはないだろうから,高速料金を払って大学にアクセスする必要があるが,これはとぼしい研究費を考えると痛い出費だ。
 この時代に書かれた「ネットワークの未来像」みたいなのを読むとほほえましいのがいろいろあるが,なんでもかんでも無線通信になってしまうと考えているやつも結構いたみたいだ。限りある周波数帯をあっというまに使い切ってしまって大渋滞,最終的には法外な周波帯使用量 ---- 高速料金 ---- を払わなくてはならなくなってしまった,という今の状況は,やっと携帯電話が普及し始めたこのころでは想像がつかなかったのだろう。

 PCAの表示を見る。よかった,解析可能。プラットフォームはUX-LXタイプ。MSやMCのファイルがあるところを見るとファイルサーバーに使っていたのだろうか。ウェブページもあった。これまた幸運だ。ウェブページをのぞくと,だいたいどんなところで使われていたかがわかる。僕はPCAにディスプレイをつないで,ウェブページを調べ始めた。どうやら持ち主は地元の大学の教官だったらしい。専門は物理学,いやなやつだ ---- やっと追試で卒業できた大学の物理の授業を思い出す。おちゃらけた個人のウェブページがある・・・。

もし,いまこれを読んでいるあなたが,こういいう経緯でこのページにたどり着いた未来の歴史学者だったとしたら,とっても素敵ですね。おつかれさま,博士論文がんばってください。

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2000/02/07