あなたにも弾けるラフマニノフ

 さて,またしても書こうと思っているうちに遅くなってしまったが,この日記の話題について。実は宇宙科学研究所(ナカムラが以前働いていた)がロケットを打ち上げるときには,ちゃんと近海で漁業をしている漁師さんに保証金を払って,漁を休んでもらってます。その時期が毎年2月と8月で,ロケット打ち上げのニュースって気をつけてみると,この時期に集中しているのがわかるでしょう。多分,宇宙開発事業団も同じなのでは。それから,あまり関係はないが,最近,ロケットの残骸関連でこういうニュースがあった。このニュースそのものより,われわれ地球には月以外にCruithne(小惑星3753)というお供がいたというのは驚きだった。「ただし軌道は円ではなく非常に複雑な形をしている」と書いてあるけど,月+地球の引力を受ける3体問題だからかなあ。ということは,そのうち地球の引力圏からいなくなってしまう可能性大なのだろうか?

 ・・・しまった! つい商売柄,宇宙関係の話題に反応してしまった。書きたいのはこの話題じゃなくて,その前日の日記にあった“文系にもわかる量子論”という本の話題であった。日記によるとこの本は,はなはだしく看板に偽りあり,ということらしい。つまり,これを呼んだだけでは量子力学なんてぜんぜんわからないということだ。ナカムラはこの本を読んだことはないが,さもありなん,というか,「そんなんあたりまえじゃ〜!」という感じである。だいたい,ナカムラのような数理物理系の出身者は,学生時代に高い授業料を何年も払って,キャンパスでちゃらちゃら遊ぶ女の子(女性の場合は男の子)には目もくれずに(*),わけわからん線形代数とか関数解析とかをせこせこと勉強して,それでやっと量子力学にたどりついて(**),それでも観測の理論なんかイマイチようわからん,というような状態なのである。それなのに,本屋に行って「あ,“文系にもわかる量子論”なんて面白そうじゃ〜ん」ってなかんじで買ってきた本をソファにねっころがって読んで理解さてしまっては立つ瀬がないのである。
 物理学の中でも,相対性理論なんかはわりと素人向けに,数学の基礎知識抜きで解説を書くことは可能だが,量子力学は線形代数とかのややこしい数学をつかわないとわからない,というより,数学を使って計算はできるんだけど,それが本当にわかったことになっているんだろうか,というような世界で,素人さんにわかってもらっては困るのだ。この“文系にもわかる量子論”という本は最近出て結構売れているらしいが,それ以外にも本屋のポピュラーサイエンスのコーナーに行くと“あなたにも量子論わかる”みたいな本がいろいろとある。しかし,これはたとえば本屋の音楽のコーナーに“あなたにも弾けるラフマニノフ”という本があるみたいなものである。もし,あなたが相当な音楽ファンであっても,幼少のころからピアノの練習をしているのでなければ,本を一冊読んだくらいで難曲中の難曲といわれるラフマニノフのピアノ協奏曲が弾けるようになるとは思わないであろう。

* 正確には“目もくれられずに”。
** どうでもいいが,ナカムラは学生時代に量子力学演習で不可をくらったような憶えが・・・。目もくれられなかったが,目をくれてしまったのが敗因か?

 思うに,科学の中で数学や物理は音楽の中のクラシックと似たようなもので,大量の基礎訓練を積まないと身に付かない分野と言えよう。実は多くの凡庸な研究者にとって,これはとってもラッキーなことである。“大量の基礎訓練を積まないと身に付かない”ということは,逆に言うと,大量に基礎訓練さえつめば,特に才能がなくても素人の手の届かないところに行けるということだ。これはクラシック音楽でも同じで,3歳ころから成人になるまで,毎日ピアノのお稽古をしていれば,だれでもラフマニノフくらいは弾けるようになる(そうである)。本当のプロとしての勝負はそれからで,ただスタートラインについただけなのだが,素人から見るとラフマニノフは人間業とは思えぬ超絶技巧で,量子力学は自然科学の奥義と思えるほど難解なのである。ということは,プロから見ると三流もいいところのピアニスト/物理学者でも,同業者のいないところでは大きな顔をしていられるということだ --- ということでナカムラは大きい顔をしているわけだ。
 では,クラシックや物理学で頂点を極めるのが,他の分野に比べて難しいのかというともちろんそんなことはなくて,その分野に入る敷居が高いというのと,その分野の頂点が高いというのは全然別問題なのである。たしかに,ラフマニノフのピアノ協奏曲は名曲ではあるが,たとえば,ボブ・ディランがたった3つのコードしか使わずに書いた「Brownin' in the wind」もまた名曲である。この曲はギターの練習をはじめて1月もすれば弾けるようになるが,世界中でどれくらい多くの人を魅了したかということを考えると,ラフマニノフははるかに及ばないであろう。ラフマニノフのように超絶技巧を駆使し,大量のオタマジャクシを連発するのも,ボブ・ディランのようにたった3つのコードしか使わないのも,名曲と呼ばれるものを作るという作業に置いては同様に卓越した才能を必要とするわけである。つまり,頂点にいるやつは同じ程度の(というか比べられない)天才であるということだ。で,実は底辺にいるやつも,くだらないという点では同様なのだが,クラシックや物理学の場合は大量の基礎訓練のおかげで,まわりからは高級そうに見えるということである。

 ということでナカムラは難しげな数式をふりまわしてメシを食っているわけであるが,物理や数学がクラシックと大きく違うところがひとつあると思う。ラフマニノフの協奏曲は別に弾けなくても,聴くだけでその良さを理解することができる,つまりプレーヤーにはなれなくてもリスナーにはなれる。そしてプレーヤーよりリスナーの方が圧倒的に多い。しかし物理/数学はプレーヤーの集合とリスナーの集合がほぼ重なっているのである。同業者しかそのプレイを評価できないというのは悲しいことである。たとえばフランツ・リストは“愛の夢”をはじめとする名曲を武器にいならぶ貴婦人をたらしまくった(表現が下品で失礼)が,フリードリッヒ・ガウスが定理を証明しまくって女性にもてたという話はきいたことがない。ピアニストがガールフレンドにコンサートのチケットを送って「今晩は君のために“愛の夢”を演奏するよ」とか言うのはありでも,研究者が大学の実験室にボーイフレンドを連れてきて「今日はあなたのために静電イオンサイクロトロン波を発生させるわ」というわけにはいくまい。これはゆゆしき問題である。物理や数学で難解な研究をしているという顔をしていれば,まあ偉いのね,程度の評価はうけるであろうが,“本当にこんな素敵なことやってんだぜ”みたいなのが,恋人や友人に,あるいはもっと一般的に世界の大多数のひとびとに理解されないというのは悲しいことではなかろうか。いかが思います,同業者のみなさん?

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2002/09/30