もうそろそろ4月,職場や学校に新人がはいってきたりして,なかなか楽しい季節である。また1年たったのか,はやいなあ,自分がここに来たのもつい最近のように感じるのに,という方も多いだろう。今回は,その「1年たつのがはやい」というのは何故かという話題。(ナカムラにしてはマクラが短い。)
子供のころのほうが,時間がたつのが遅かったというのはだれしも感じるところだろう。この説明のひとつに,人間は今まで生きてきた時間との対比で時間の経過を感ずる,というのがある。たとえば1歳の赤ん坊にとって1年とは,いままで生きてきた全時間と等しいが,50歳のおっさんにとっての1年は,人生の50分の1でしかない。それでいちおう納得だが,話はもっと定量的にならないだろうか。いいかえれば,そういう人間の主観的な時間,つまり「体感時間」ではかると,自分は人生のこのあたり,というのを量的に計算することはできないだろうか。
実はこのような疑問に答えるため,ナカムラはその昔,米国Jones Hopkins大学応用物理学研究所の大谷晋一博士との共同研究(*1)により,この「体感時間」の数理を解明したのである。このページの読者のみなさんの中には,数理科学に明るい方も多いとおもわれるので,ここで大谷・中村理論のエッセンスを紹介しよう。(そんなくそ面白くもない数式をみてると頭がいたくなる,という方は解説をすっとばして,最後からふたつめの段落に行ってください。)
以下では体感時間をτと書く。それに対して,物理時間,つまり時計やカレンダーで計られる時間は t であらわす。単位は年にしておこう。上で述べた1歳の赤ちゃんと50歳のおっさんの例を考えると,体感時間の増加分は実時間に反比例すると考えるのがよかろう。したがって
ところが,生まれた時を t = 0 とするとこの解は使えない。t = 0 ではマイナス無限大に発散してしまうからである。このような対数的発散は,場の量子論でエネルギーが発散してしまうのと本質的には同じ数学的構造からくる困難であり,くりこみ理論によって乗り越えることができる‥‥というのはもちろんデタラメで,生まれてはじめての1秒はそれまで生きてきた時間がゼロなので,それとくらべると無限大におおきいという,あたりまえの話からくる矛盾である。
どうしたらいいか,というので,まあどうしようもないのだが,t を生まれる瞬間よりβだけ前からはかりはじめることで逃げよう。もともと解くべき微分方程式を
としとけば,生まれたときに t = τ = 0 とできて,わかりやすい (はじめからそれをやれって)。解くと
この結果をみると,体感年齢は対数関数で増えていくことになるが,これは説得力がある。人間は,たとえば音の高さや光の強さなど,ダイナッミクレンジの広い刺激に関しては,対数関数的に感受することが知られている‥‥というのはウソだが,と続くと思ったあなたは,ナカムラのパターンをよくご存知ですね。しかし,今回は残念でした。これは本当です(と思います,記憶がただしければ)。ともあれ,時間についても他の物理量とおなじく,対数的に把握しているというのは本当っぽい。
以下ではβを10/12年,つまり10ヶ月にとる。これは,生まれるまえに母胎にいた時間であって,なんとなくそれらしいでしょ? 実は胎児のある時点から徐々に意識形成がなされるとし,これを指数関数や線形関数で近似したりしてみても結果にはあまり影響はでない,というのはウソではないが,ちょっとはったり。とにかく,このβは10年とかいう大きな値にしない限り,以下の結論には影響しない。(逆に小さな値にすればするほど,結論を補強する。)
さて,お楽しみはこれからだ。あなたの人生が体感時間でどのくらい終ってしまったか,計算してみよう。あなたが物理時間で td 歳まで生きるとして,今の年齢を tn 歳とすれば,これは