Jan 03, 2005

Restitusionという単語を知らなかった。

  今,街でうわさの「田崎の跳ね返り論文」だが,ナカムラも勉強になると思って読んでみた。読み進めるうちに,ナカムラの口元にうかぶ不適な薄笑い。「ふっふっふっ,田崎も甘い男よのう。すぐに反例を思いついたぞ。死してシカバネひろうもの無し(意味不明)。」

  たとえば,バネをおし縮めて留め金で留めておく。時間が十分にたつとバネも留め金も温度が等しくなるから,平衡状態とみなせる。で,これを壁にぶつけると,留め金がはずれてバネの力で反発して,初速よりも大きな速度で跳ね返って来ることが有り得るではないか。論文ではなにやら難しげな計算をしておるが(もちろん理解していない),このような明白な反例があるということは,どこか間違えているに違いない。田崎論文のプリントアウトを置いて,ナカムラはひややかに言い放った。「おまえはもう死んでいる。」

  いや,しかしちょっとまてよ。冷静に考えてみれば,数理物理の奥義をきわめ,熱・統計力学界のケンシロウとも言われる(ってナカムラが今言ってるわけだが)田崎氏が,こんなにすぐに思いつくような反例に気づかぬはずはないのでは? と,もう一度よく考えてみると…ひでぶっ。やっぱりナカムラが間違っておりました。田崎さんごめんなさい。
  田崎論文ではボールの初期状態をカノニカル分布としている。これは可能なすべての状態にexp(-βH)の重みをかけているわけだが,この「すべての状態」の中には留め金が外れた状態も入っているわけで,そうするとこの状態はエネルギーが低いから,平均するとこっちのほうが主要になってしまう。つまり留め金がかかっている状態は熱平衡とはいえないわけだ。うーん,参った。死してシカバネ拾うもの無し。

  しかし,考えてみると何か釈然としないものがあるなあ。そうだとするとテニスボールのように,圧力の高い空気がゴムの皮の中に入っているものも熱平衡じゃないことになる。いや,さきほどの縮めたバネだって,未来永劫留め金が外れないことだって想定できるわけで,そうすると,エルゴード性がなりたたない(エルゴード性が統計力学の基礎になり得るかという問題はおくとして)というか,「可能なすべての状態」というのが一方からは到達不能な二つの集団に別れてしまうというか,しかも,それが留め金がはずれるかどうかという,マクロな偶然事象に左右されるというか,なにかそういうすわりの悪いことになる。
  よく考えれば,留め金が外れるかどうかもハミルトニアンにいれればいいんだとか,そもそも孤立系という理想化がどうのこうのとか言って納得できる気もするが,まあそういうもんなんすかね…などと考えつつ喫茶店でコーヒーをすする年の瀬の昼下がりであった。

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