Mar 22, 2007

論文書かない科学者

「論文書かない科学者」とかというものがあってもいいような気がする

倫理的にあってもいいかどうかは別にして,現実問題として腐るほど存在するのではなかろうか。(実際そういう奴は腐っているのだが。)

Mar 17, 2007

チゲ

先日,近所のファミリーレストラン(ウチワ情報:開発のガストです。ちょっと前までサーコがバイトしてた所。もっと前にはLslがバイトしてた。)で食事をしていると,斜め前に20代後半から30代前半と思われる,ちょっと素敵なOLという感じの女性がひとりで座って,たぶん,キムチチゲ鍋と思われる料理を食べていた。で,見るともなしに見ていると,なんのためらいもなくチゲ鍋の汁をレンゲですくって,茶碗の白米にかけて食べているではないか。ああっ,なんて羨ましい!

実はなにを隠そうナカムラは大の「汁飯」ファンである。カレーライスとか中華丼とか,ラーメンライスに至るまで,なにか味のついたもの,それも液体状のものがかかっているライスに目がない。で,幼少のころより夕食がカレーライスなどだと大喜びをしたのであるが,悲しいかな,現代日本ではかけるべきと定められているもの(たとえばカレールーとか)以外の汁状のものをご飯にかけて食べるのを「行儀が悪い」とする悪習がはびこっている。たとえば味噌汁を白米にかけると「ねこめし」と言って蔑まれるし,さきほどあげたラーメンライスも学生の貧乏食の代表みたいに言われて,あまり行儀のいいたべものとはされていない 。

実はこれってとっても不幸なことじゃないですか? たとえば,定食屋で肉野菜炒め定食などを食べたとき,肉野菜炒めの皿の底に溜っているスープというか汁の残党というか,あれをライスにかけて食べたい,でも,行儀がわるいからできないなあ,ああでもかけて食べたい,という葛藤の末に,世間に負けてしまってあきらめるっていうことありませんか? ただただ平凡で自己主張のない白米が,その汁 ---肉と野菜の味が染み込んで素晴らしい味!--- によって,まるでクラークケントがスーパーマンになるように華麗に変身するのに,単に「行儀が悪い」という意味不明の理由でそれができないなんて。クラークケントが美女を救うために変身しようとしているときに「それは行儀が悪いからやめときなさい」なんて言うみたいなものだ。(たしかにスーパーマンの衣装はちと変態っぽいが…。)

いや,冷静になるとそれほど大したことでもないのだが,ナカムラはこれまでの長い人生の中でいろいろなものを食べてきて「ああ,この皿に残ってる汁をライスにかけて食べられたら…」と残念な思いをした経験は数多い。だから,いま,斜め前でまわりを気にせずにためらいもなくチゲスープをライスにかけて食べているお姉さんを見るととっても羨ましい。昭和初期の女性開放運動で平然と社会進出をしていく女性を,羨ましく横目でながめる因習にしばられた旧家の嫁の気分はこんなものだろうか。

考えてみると,今,この瞬間にも日本全国でおびただしい数の肉野菜炒め定食が食べられているわけで,その残り汁の多くは「ああ,これ,ライスにかけたら美味しいのに」というねばりつく視線をあびながら,下膳口に運ばれて下水に流しされてしまうわけだ。年間何トンにもなるであろう残り汁は,「行儀がわるい」という偏見さえなければそれが人々にもたらしたであろう幸せを考えると,巨大な社会的損失に思われるのだが…。