Jun 27, 2006

David Matthews

この写真をご覧ください(ちょっと重くてスミマセン)。のーてんきにギターを弾いているナカムラが写ってますが,実はその奥でピアノを弾いているオジサンに見覚えありませんか? David Matthews氏です。ということで,ちょっと自慢の写真でした。「え,デビッド? 昔ちょっといっしょにやったことがあるけど,なかなかいい味だしてたよ」とか言っちゃいそう。(実はステージの後の飲み屋でのジャムセッションでした。)

Jun 26, 2006

お返事

先日,見知らぬ方から,自分が画期的な研究成果(たとえば「相対論に代わる理論を造った」という類,実はちょっと毛色が違うが)をあげたので,専門家として検討してくれないか,というメールをいただいた。ときおりそういうメールをいただくのであるが,いつも以下のような返信をしている。今後,いっちょナカムラにメールでも送って自分の研究を宣伝するか,と思われた方はこれを読んで考え直していただきたいです。

拝啓 **様,

おたよりありがとうございます。しかし,誠に申し訳ありませんが、お力にはなれません。お送りいただいた資料も以下にご説明する理由で,目を通していません。私のような研究者のはしくれでも、ときおり**様からいただいたようなメールを受け取ることがあるのですが、毎回同じようなお返事を差し上げています。

以下のような例え話を考えてください。ある日、突然に見ず知らずの他人から「新潟の山奥にサウジアラビア並の油田を発見しました。これで日本のエネルギー問題は解決するはずです。つきましては採掘の資金が足りないので,投資をお願いします。」というメールを受け取ったとしたら、どう思われるでしょうか? ごくまれに、よし、これは大もうけのチャンスだ、と出資する人もいるでしょうが、大多数の人は無視すると思います。油田が見つかる可能性があまりに低いからです。多くの場合、新潟まで時間・費用をかけて確かめに行こうとはしないでしょう。

われわれ研究者は一般に油田開発ができるような財産は持ってませんが、研究時間というものはわれわれにとって財産以上に貴重な資産です。**さんのようなお問い合わせに答えようと思うと、それなりに時間を削って内容を検討しなければいけません。しかしその投資に対して石油がでる、つまりその研究が正しい可能性はきわめて低い。(もちろん,これは一般論です。冒頭に書いたとおり、**様のご研究は内容を読んでいないので判断のつけようがありません。)特に物理の専門的訓練をうけてない者によってなされた研究の場合はそうです。数学の場合はラマヌジャンという例外がいますが,物理の場合,20世紀に入ってなされた重要な物理的発見は,すべて専門的訓練をうけた研究者によってなされています。

ですから,私は**様のご研究を頭から否定するわけではありませんが,ある程度の時間をさいて内容を検討するというのはご勘弁願いたいのです。もし,ご研究が真に革命的なものだったとしたら,私の名前は,目の前に大油田がありながら見向きもしなかった頑迷無恥な科学者の典型として,後生の科学史に残るでしょうが,それは甘んじて受けいれます。

科学というものも、所詮、人間のいとなみですから、真に画期的な真理をみつけたとしても、それを科学者たちに理解させるのは並大抵のことではありません。真実を公表しさえすれば、だれか偉い人がやってきて、「おお、これはすばらしい」と言って認めてくれるというのを期待できるほど、世の中は甘くないのです。たとえばメンデルの理論は彼の存命中にはほとんど認められませんでした。ですから、もし、**様のご研究が真に革命的なものであっても、私のような研究者にそれを送ることによって世間にみとめられるようになる可能性は、ほとんどありません。もっと巧妙な戦略をとらないと、メンデルと同じ運命をたどるでしょう。

では、どういう戦略がいいのか、ときかれても私にはわかりません。思いつくのは高額の給料で専門分野の学生をやとうとか、懸賞金をつけて広く一般にその正しさを検証してもらうとかですが、そういうのが有効かどうかは不明です。ただ、確実に言えるのは私のような者に相談するのは100%無駄に終わるということです。

敬具 中村匡

Jun 12, 2006

ヤングライフ

先週末はお仕事で福岡に行ってきました。博多ラーメンファンのナカムラは2日で4杯ラーメンを食べたわけだが,博多駅ビルの商店街には「ヤングライフの街」なるものがあった。


ナウなヤングが集まるのだろうか? 

というのは実は今回の話とは全然関係なくて,前々回の千葉の学会から書こうと思ってた話題。千葉の学会で友人からきいた,最近放映されたテレビドラマの話(タイトルわすれた)である。そのドラマのヒロインの恋人役が若き数学者なのだが,プリンストンかどっかでポスドクをやっているという役柄で,マンハッタンの豪華なマンションに住んでいるという設定だったそうだ。うーん,やっぱり世間的感覚からはアメリカでポスドクをやっているというと,セレブなイメージがただようのであろうか? 実際にアメリカでポスドクをやった経験があると(ナカムラもそうである),それはPSPの理想と現実よりもギャップが大きいと思うんだがなあ…。

「ポスドクってなに」という方も結構いらっしゃるだろうが,そいう向きには,たとえばWikiPedia の解説など読んでいただきたい。ところで,この解説の最後に

…ポスドクの人数は増加した。しかしながら、ポスドクを経験した博士号取得者の行き先として考えられる大学・研究所の定員は増えていない。このことは、ポスドク問題と呼ばれる。
とあるが,これがポスドク問題の本質なのだろうか? たとえば,ロックミュージシャンをめざしてインディーズからCDを出す若者は多いが,それからメジャーデビューしてロックで食っていけるやつなんて一握りだ。「インディーズを経験したミュージシャンの行き先として考えられるメジャーバンドの数は増えてない」というのは「インディーズ問題」とは呼ばれないだろう。

クラシック音楽なんてもっと悲惨で,音大のピアノ科に行った友人にきくと,音大に入学したやつがプロのピアニストになれる可能性はほぼゼロだそうだ。プロになるようなやつは15才でショパンコンクールで優勝とかしているからである。だけど「ピアニスト問題」っていうのは聞かないでしょ? もちろん,ポスドクという制度についてはそれ以外にいろいろ問題はあるが,「希望者に比べてポストが少ない」というのは全く問題ではないと思う。(こんなこと書くとポスドクの諸氏に袋だたきにあって「祭り」とかになるのかな?おてやわらかに。)