Feb 28, 2006

雨の中では走った方が濡れない

ちょっと期を逸してしまったが,ナカムラ愛読の「医学都市伝説」のこの記事について。この中の15番目の「 雨の中では走った方が濡れない」だが,ナカムラは以前に友人(M場氏だっけ?)と,この問題を検討したことがある。

  1. まず,雨粒が落ちて来ずに静止しているものとしよう。この中を移動すると,宙に浮いている雨粒が体の前面にあたるので,濡れることになる。
  2. 雨粒が静止していると仮定しているので,体の上面は濡れない。よって,濡れるのは体の前面だけである。
  3. この場合,移動中に体の前面にあたる雨粒の数は通過した空間の体積に比例する。ということは雨粒が静止している場合は,濡れる量は移動速度によらない。
  4. 実際には雨粒は下に向けて動いている(降っている)ので,これによって体の上面が濡れる。この量は雨の中にいた時間に比例する。
  5. 体の前面が濡れる量は雨粒が静止していても下に動いていても変わらない。
  6. したがって,濡れる総量は雨の中にいる時間が短い方が少ない→走った方が濡れない。QED。

だったと思うんだが,ネタ元のページを見ると,「ちゃんと数式で解いてみるとわかる」「キミが思ってるほど単純じゃないぞ」などと書いてある。上の説明では数式はいらんが,実はナカムラが思っているほど単純じゃないのか?

ところで,このネタ元のページって,それぞれの項目にちゃんと写真があって,5秒ルールのところにある落ちたアイスクリームの写真にまでクレジットがある。うーん。

Feb 27, 2006

Instractional Design

みなさん,インストラクショナル・デザイン(略してID)というのをご存知であろうか? 恥ずかしながら,ナカムラは一昨日までなんのことか知らなかった。たとえばここの解説など御覧頂くと概要がわかると思うが,いわゆるe-ラーニング(コンピューターを使った教育)の普及にともなって,最近注目されるようになってきた,大学や企業内研修での教育内容を改善する手法である。実は昨日から こういう感じのIDに関するセミナーがナカムラの勤める大学で開催されて,新しもの好きなナカムラはそれに出席してきたのである。そのセミナーの終りに,「ではそのIDなるものを本学に導入するには,どうすればよいのか」みたいなフリーディスカッショションの時間があった。

この写真は,そのとき黒板にピックアップされた議論項目だ。(ちょっとブレててごめんなさい。) で,議論がもりあがってきたころに,後ろに座っていた同僚から以下のようなメモがまわってきた。

「ID」が「えろ」に見えてしょうがない。

ナカムラが,残りの時間の全精力を笑いをこらえるのに費したのは言うまでもない。ああっ,講師の先生ごめんなさい!

Feb 21, 2006

今日の疑問など

  • 毎日新聞の「お葬式:カメラ付き携帯で最期の顔パチリ」という記事。 お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えているという話題だが,「葬儀デザイナー」って職業があったのは驚き。食えるんだろうか? というのが疑問ではなくて,その記事の最後にあった

    メディア社会論に詳しい評論家・武田徹さんは「対象を撮影し、他者とともに確認しなければ“リアリティー”が感じられなくなっている。葬儀も焼香だけでは満足できず、故人との確かなつながりを持ちたいとの思いから撮影するのだろう」と分析。
    ほんとうかっ? ほんとうにそう思っているのか武田さんっっ! と小一時間も問つめたい。こんな風な,なんとなく読み飛ばすとなにか意味がありそうだが,よく考えるとなんの根拠もないヨタ話のような「分析」って,新聞なんかの社会ネタの記事でみかけるけど,なんのためにあるのだろう?

  • 実は武田徹氏というのは.,ナカムラは以前からオンライン日記を読んでいて,同じく愛読している「おおやにき」でボロクソ書かれたりしていても,それなりに評価をしていたのだが,ちょっと幻滅。

  • その武田氏の日記からリンクされていた大塚英志シンポジウムジャック事件。やるなあ。

  • それとは,全然関係ないが,カーリングってなんで男女別で競技をやるんだろう? 男女差ってほとんどないような気がするんだが。どなたかご存知でしたらご教示を。

Feb 13, 2006

ジャルダンで夕食を

少し前にコカコーラ社がTADASなる飲料を発売したが,今調べるともう売ってないようだ。ちょっと安心。ところで,それよりもっと前に「はちみつレモン」というのがあったのを御記憶の方も多いだろう。では,この「はちみつレモン」,どこの会社が造っていたか憶えてますか? じつはこれは一社だけでなく,こんなにたくさんの会社が参入してたのです。聞く所によると,もともとはサントリーが開発してヒットしたのだが「はちみつ」も「レモン」も一般名詞で,しかもサントリー以前に「はちみつレモン」という飲み方があったらしく,商標登録ができなかったために,こんなに乱立することになったそうな。

で,なんでこんなことを思い出したかというと,昨今「勝ち組・負け組」という言葉が目に着くようになり,それに対して「それはもともとの語源とは違う意味でつかっておる」などという指摘を見掛ける(たとえばこれとかこれとか)からだ。だって「勝ち」も「組」も普通の名詞で,それを組み合わせた言葉って,別にブラジルの専売特許じゃないでしょ? だったら,1990年代に独自に開発され,使われ始めた言葉だってことでもいいのではなかろうか。

まあ,それはともかく,よく言われるのは日本の社会が世紀のかわりめあたりから二極化してきて,金持ちの「勝ち組」と貧乏の「負け組」にわかれつつあるという話である。「勝ち組」の連中は1000万以上の年収を稼ぎ,ベンツに乗ってジャルダンでフランス料理を食べ,休みには日本アルプスの麓の別荘に遊びにいくのに対して,「負け組」は年収300万,ダイハツかスズキの軽に乗って,ガストで飯を食い,芦原温泉に遊びにいくというわけだ。

しかし,考えてみるに,これって本当に二極化だろうか? だって,かかった金額が違うだけで,生物としてやってることは大差ない気がする。もし,別の惑星から宇宙人がやってきて,密かにわれわれの行動を観察していたとすると,ベンツに乗ろうがダイハツに乗ろうが,内然機関の輸送機械を使って移動するということに差はなかろう。いや,宇宙人じゃなくても,やってる本人たちも楽に移動できるという点では大差ないではないか。

あるいはジャルダンで家庭内離婚の配偶者と世間体のためにいっしょに飯を食うより,貧しいながらも惚れてる彼女(あるいは彼氏)とガストで,というほうがはるかに楽しいのではなかろうか。(これは別に金持ちだと家庭内離婚で貧乏だと純愛,というわけではなく,ジャルダンかガストかの差はさほど重大でないと言いたいだけです。金持ちで純愛のやつもいるわけだ,ちょっと腹立つけど。) つまり,勝ち組生活も負け組生活も,金に換算しないで実質的内容を考えると,わりと差はないのではなかろうか,と思われるのである。

要はベンツ対ダイハツ,ジャルダン対ガストというふうに,価格の差こそあれ,ちゃんと対応したものが勝ち組にも負け組にも存在するということである。これが,高度経済成長前の日本だったりすると,貧乏人は車が買えないので遠い道のりを歩かなくてはならないし,戦後間もないころは,金がないと一家で一杯のかけそばしか食べられなかったりするわけで,宇宙人がみても大きな違いである。いや,現在でも貧乏で餓死というのはないわけではないし,逆にITバブル紳士だと車じゃなくて自家用ジェット機で女優と海外に行ったりして,そういう差はあるのだが,これは今も昔もある両極端の話であって,「二極化」といわれる一般大衆の話ではなかろう。

で,もし,ジャルダンじゃなくてガストでもいいよ,と思えばシャカリキに頑張って働くのはバカらしい,ということでいわゆる上昇指向のない「下流」になるわけだが,それってまったくもって合理的な選択だと思いません? いわゆる「ゆとり教育」ってそういう非シャカリキを目指してたんじゃないだろうか。それに対して,やっぱりジャルダンがいい,あるいは,飯はなんでもいいが,なんらかの意味で「勝ち組」でありたいと願って身を粉にして働くのなら,それはそれでナイスな人生ではあると思う。

そういうチョイスがある社会ってある程度豊かさがないと実現されないわけだが,「勝ち組」が生きがいとして必死で働いてくれるおかげで日本社会が豊かになっているとすれば,なかなかいいシステムだろう。以前,ナカムラの友人で,「勝ち組」に分類される職業のやつが,「一週間に100時間働いた」と言っていた。考えてもみてください,この場合,一週間っていうのは月曜から金曜までだから,120時間しかないんですよ! たぶん,人類の長い歴史を調べて,苛酷な奴隷制度を色々さがしてみても,120時間のうちの100時間も働かされる例はあまりないと思う。でも,それが生きがいとして充実して働いているのだったら,素晴らしいことだし,そのお蔭で「負け組」でもちゃんと楽しい生活ができるようになるのだから,一挙両得というか,とっても結構なことではなかろうか。

ちなみに,ここまで読んで「ジャルダンってなに?」という方も多かったであろうが,福井のおしゃれで高級なフレンチ料理屋です。これ。ナカムラは行ったことがない…。