Jan 31, 2006

ネットサーフィン

最近のネットサーフィンから
  • ことばあそび。ちょっと違うが,「かかんかんかひかかんかんかかかんか」 = 「可換環か非可換環か書かんか?」

  • さらにちょっと違うがだば、アベベだべ?。笑った。北斗神拳ネタにもっていきたいのを踏みとどまるもおかし。

  • 大江健三郎と接近遭遇。接近遭遇といえば,ナカムラは某ジャズクラブのトイレにて,ソニーロリンズの隣で用を足したことがあるのが自慢だ。

  • ねじれ。これはまったくもって同感。この状況に「ねじれ」という言葉をあてるのには違和感あるけど。

  • 人間のような巨大なけむくじゃらの生物。単に巨大なけむくじゃらの人間だったりして。毛深くて背の高い近所のおじさんとか。

Jan 26, 2006

「風車と老人ホーム」

国土地理院の新しい地図記号 「風車」と「老人ホーム」が決まったそだが,下の「老人ホームの例」って写真,どこの老人ホームでなぜここに選ばれたのであろう? つーか,実物の例の写真って必要なのか?

それはともかく,「風車と老人ホーム」ってなんかちょっと詩的なひびき。

Jan 25, 2006

そこにカネがあるから

前回の文章にいただいたK氏のコメント「そういうところが世俗を超越した物理学者っぽくてヨイ」ですが,実際にナカムラに会ったらあまりの俗物さに驚きおののくと思います。そもそも,物理に限らず,ある特定の職業集団のなかにもいろいろな人がいるわけで,ある一定の傾向 (たとえば理系研究者ならオタクが多い) はあるかもしれないが,多くの人はその職業分野が得意という他は,普通と変わらないのでは? というか,その中には変人もいるが,それは普通に変人がいるようにいる変人なわけで,まあ,いわば,普通の変人,ああ,なに言ってるかわからんくなってきた。

それはともかく,ナカムラがここに世間一般のニュースをあまり書かない理由は,なにかニュースを見て感想をもっても,ネットサーフィンしているうちに似たようなのをどっかでみつけて「いまさらオレなんかが書かなくても」と思ってしまう,というのも多いかもしれない。とくに意識しているわけではないですが。

最近のニュースに関して,ちょっと書いてみると,ライブドアの堀江氏に対して「金のことしか頭にない」という批判をよく見るけど,これってなんでイメージわるいのかな? もちろん,堀江氏個人に限っていえば,汚い手 (法にふれる,ふれないにかかわらず) を使うのは最低だし,いろいろ噂をきくと友達にはしたくない人物なのだが,一般的には「金をもうける」という目標をマジで追求しまくるのは,唾棄すべきことなのだろうか。

多分,堀江氏の目的は,もうけた金で六本木ヒルズの月額家賃数百万円の部屋に住み,女優と自家用ジェット機で海外旅行をするため,というわけではないと思う。前回の文章で書いた「切りたくてしょうがない外科医」と同じように,金をもうけるのが楽しくてしょうがないのではなかろうか? そうでないと,平均的生涯賃金の数倍ももうけたら,「もうやめ,おなかいっぱい。ああしんどかった」となると思う。「そこに山があるから登る」という登山家はカッコイイのに「そこにカネがあるからもうける」という投資家はなぜかイメージ悪いですよね,いや,ナカムラ自身にもそういう感情はあるのだが。なんでだろう?


ところで,話は全然かわりますが,たざきアンテナにこのサイトが捕捉されなくなったみたい。1月9日の以来,更新されてない。実はナカムラは自分のページにコメントがついたかどうかをこのアンテナ経由でチェックしていたので,とっても不便なんですけど(←かなりあつかましい)。あらきアンテナも同じ。ここのお客さんって,こういうアンテナ経由の人が多いと思うのだが。といっても,メール出すほどではないしなあ。たざきさーん,あらきさーん。

公共事業

ちょっと前の話になるが,日本海側の某県に定期旅客便の発着する飛行場を造ろうという計画があった。この手の公共事業の常として,飛行場がないと住民が不便というのが動機では,もちろんない。「うちの県にも飛行場ぐらい」という一部県民の漠然とした要望を背景にした,土木建設業をはじめとする地元産業の利潤追求が主たる目的であろう。ところが,その飛行場予定地から車で1時間ちょっとの場所に他県の飛行場があったりして,とても採算がとれるとは思えない。飛行場推進派がわの試算でも,予想される需要では採算ラインの半分の利益しかあがらないのだ。一般に推進派がわの試算というのは大甘な見積りをしていて,あの巨大借金製造機のようなアクアラインとか本州四国連絡橋なども,事前の試算では黒字になるはずだったと記憶している。そのように甘い試算をしても採算ラインの半分ということは,まったく問題外ということだ。

ところが,推進派は「現時点はこの程度しか需要がみこめないなら,どうやって需要を増やすかが次の課題だ」というとんでもないコメントをしていた。「神がいないのなら,造らなければならない」というわけだ。常識で考えれば,もうからないのなら中止しかないのだが,まず飛行場ありきで動いている人々にはそういう発想はない。恐ろしいのは,そういう環境にどっぷりつかっているうちに思考停止状態になってきて,「どうやって需要を増やすかが次の課題だ」とかいうことを本気で言ってしまうようになるところである。この県の場合,幸いなことに諸般の理由から計画は中止になったが,不幸にも完成してしまって,じゃぶじゃぶ税金をつぎこんでも赤字まみれ,という飛行場は日本には結構あるんじゃなかろうか? (ナカムラは少なくともふたつ知っている。)

さて,話はかわって,科学観測人工衛星の話。ナカムラは直接参加していないが,とある科学観測衛星にある観測装置を積むかどうか検討しているときに,その観測装置の製作チーム内で「この観測装置を使って研究する対象をなんか考えよう」という会議があったらしい。これ,さきほどの飛行場の話と同じじゃないですか?「旅客がいるから,それを運ぶために飛行場をつくる」=「知りたい科学的対象があるから,それを研究するために観測装置をつくる」および「飛行場のために,旅客をどっかからつれてくる」=「観測装置のために,研究対象をなんとかひねり出す」。科学観測衛星の場合,成果が評価しにくいだけにさらにタチが悪い。飛行場の場合は大赤字になれば,やっぱマズかったという判断ができるが,科学の場合は何が得られたのかよくわからないままに,じゃ,次のプロジェクトいってみよう,となってしまうことが多々ある。

ちょっと解説しておくと,科学観測衛星の多くには複数の観測装置(たとえば画像を撮るカメラだとか,電磁波を計る受信器だとか)がのっており,それぞれを専門とする開発チーム(多くの場合は大学等の研究室)が存在する。そして,衛星の計画段階でどのような観測器を載せるかを決め,選ばれたチームが人工衛星プロジェクトに参加するわけである。たとえば着陸せずに惑星の周りを周回するだけの衛星に地震計を積んでも意味がない。地震計は,まあ極端な例だが,限られた衛星重量の中で最大の科学的成果をあげるには,意味の薄い観測器を載せるわけにはいかない。したがって,第一義的には「この研究のためにはどんな観測装置が必要か」というものでなければならないのだが,現実にしばしば目にするのは,上述のような「飛行場つくるから,客みつけてこないと」というものになる。もちろん,実際につくってみたら,大量の需要があって飛行場は混みまくり,もうかりすぎて困っちゃう,というのならいいが,世の中そんなに甘くない。科学の世界だっておんなじだ。

ナカムラは以前,とある大規模科学プロジェクトの中枢メンバーの会話の席にいあわせたことがある。そこで,ある主要人物が「このプロジェクトのサイエンス(科学的成果)には,だれも期待していない」と平気な顔で言い放ったのを聞いて,ナカムラはのけぞった。公共事業の担当者が「住民のためにはならないけどね。」と言うのと同じだ。さらにびっくりしたのは,その場のだれひとりとして,それに反論しなかったことである。プロジェクトの中心メンバーはだいたいそこにいたのに。その発言の主は多くの業績もあり,尊敬できる科学者なのだが,普段から彼は「このコミュニティー(「業界」という程度の意味か)の維持・発展のために」とよく言っていた。こんな奴にはなりたくねえぜ,と心底思ったが,「ええっ? そんなんでいいんですか」という程度の反応しかできなかった自分も情けないとも感じた。

恐ろしいのは,この手の本末転倒を,本人たちは全く気づかずに当然のこととして受け止めているところだ。彼らは自分たちの仕事に誇りさえ持っている。これは無駄だらけの公共事業を誠心誠意推進する公務員と同じメンタリティーだろう。賄賂をもらって「おぬしもワルよのう,ふぉっふぉっふぉっ。」って感じの奴のほうが,まだ救いがあると思うなあ。

と,以上が,前回の文章にいただいたnq氏の「研究の公共事業化」コメントに対する反応である。ナカムラはnq氏に全面賛成なのだ。前回の文章のたとえで行くと,人が切りたくてしょうがない外科医が薬で治る人間でも手術しまくるようなもので,実は「あ〜,残業しんどい。ま,でも,給料のため,お仕事,お仕事。」って感じのやつよりこっちの方が数段有害ではある。科学研究の場合は,無能で研究してないやつは給料だけの無駄ですむが,公共事業的ビッグサイエンスをやっている奴は億単位で無駄をだしているわけだ。科学衛星業界の名誉のために言っておくと,このような公共事業的研究は多くの金がからむ多く(すべて?)の分野でみうけられる。 理想は,人が切りたくてしょうがなくても分別をもっていて,本当に必要な患者にだけ神技的な手術をほどこす外科医というのだろう。難しいけど。

Jan 18, 2006

最低

かなり以前になるが、外科のお医者さんと夕食をともにする機会があって、そのとき、外科医として成功するメンタリティーとはどんなものかが話題になった。彼が言うには、高尚な使命感に燃えて「病魔に苛まれる人々に愛の光と外科の技術を」っていう感じのやつとか、逆に世俗利益第一主義で「この腕でゼニつかんでビッグになったる」とかいうタイプはダメだそうである。

では,どういうのがいいかというと、とにかく脊髄反射的に手術が大好き、人が切りたくて切りたくてしょうがない、一週間夏休みをとったりすると欲求不満でウズウズしてきて、休み明けに病院に行って「ああ、これでまた人が切れる♪」と喜ぶタイプが本物になるらしい。げ、なんてあぶないやつ、と思われるかもしれないが、考えて見ればプロフェッショナルというものは、音楽にしろスポーツにしろ、そういうものかも知れないなあ。ナカムラだって研究者のはしくれで、一応自分はプロだと思っているわけで、たとえば腰痛で寝ているときにでもこんなことを考えているわけである。このページを読んでらっしゃる同業者のみなさんも、寝る前に床のなかで考えることの多くは、今の研究関連ではないだろうか。

ところが、大学で「研究者」という肩書で給料をもらっているセンセイのなかには、そうでもないやつもいるらしい。某大学で研究評価に関する意見募集をしたところ、「サービス残業までして生まれてきた研究を年俸に反映させるというのは,いきすぎた競争で、職場の健全性がそこなわれる」という趣旨のコメントがあったそうな。げげっ、なんやこいつ! 「健全性」なんて意味不明の根拠をあげてるのも驚くが、そもそも「サービス残業」なんて言葉がでてくるところに、ナカムラは違和感を感じる … ああっ、「違和感」って、なんてマイルドなオトナの表現なんだ,はっきりと「最低だ」と言ってしまおう。さぁぁぁいっっっていっ、だっ! プロのスポーツ選手が「サービス残業までして練習して得た技術を年俸に反映させると、職場の健全性がそこなわれる」と言っているようなものじゃないか。

実際に年俸に反映させるかどうかは別問題として、こういうメンタリティーのやつは研究者として失格であろう。もちろん、大学では研究以外に教育などの重要な仕事もあるので、こういう人にはそっちの方で頑張ってほしい。で、そっちでも頑張れないようなら年俸が減っても文句言えないんじゃないか。

でも、ちょっと話はずれるが、大学のセンセイって、銀行の護送船団方式とかは批判するくせに、自分のこととなると横並びのチィチィパッパが好きなんだよなあ。幼少のころから受験勉強で勝ち上がってきて、大学院を経てアカデミックポジションにつくまで,ずっと他人を蹴落とし続けてきたくせに、自分が蹴落とされる番になると「いきすぎた競争はこのましくない」なんて寝言を言うんだよね。プロの世界だったら競争はあたりまえだと思うんだが。

Jan 09, 2006

冬休みの宿題

この3連休は日本海側でまた大雪だそうで,福井でも昨日の晩から結構降っている。もう,今週から仕事はじめの人も多いだろうが,ナカムラは大学勤務なので,この連休いっぱいは冬休み (実は学生さんは冬休みなのだが,教職員は4日から働いてはいます)。というわけで,みなさんの冬休みはいかがでしたか? 恥ずかしながらナカムラはスキーに行ったら持病の腰痛が再発して,2日ほど寝て暮らしてました。もう大体治ったからまたスキーに行ける。ヘロインのやりすぎで死にそうになって,病院で血液総とっかえとかのヘビーな治療をして,やっとましになって出て来たときに「あー,気分いい。これでまたヘロインがやれる」と言ったキースリチャーズの心境か (そんなたいしたもんじゃないが)。

考えてみると,ナカムラのような研究商売のひとで腰痛持ちって結構おおいですよね。職業病か。しかし,自慢じゃないがナカムラは20代のころから発病している腰痛エリートです(本当に自慢じゃないな)。学生時代に山登りで重いものもちすぎたのが原因かも。うちの業界のビッグボス,某K出教授の説によると,人間とダックスフントは生きているかぎり必ず腰痛になるそうで,腰痛にならないと思っている人は自覚症状がでる前に死ぬだけだそうな。しかし,それって「腰痛にならない」というのと等価だと思うけどなあ。それに,なぜダックスフントなんだ? シベリアンハスキーとかはならないんだろうか。

まあ,それはともかく,腰痛で寝ているあいだ,ナカムラは冬休みの宿題をやっていた。実はレフェリーレポートを書いたり,投稿論文の手直しをしたりと本当の宿題があったのだが,「明日できることは今日はしない」をモットーに刹那を生きるナカムラは,もっと趣味的に自分に課した宿題をやっていたのである。で,できました。このpdfファイルを御覧ください。内容は「正準変換理論をつかわずにHamilton-Jacobi方程式を導く」というもの。Hamilton-Jacobi方程式って,解析力学の教科書の最後のほうにのってて,たいがいそこに到達する以前に力尽きてしまうでしょ? (←そんなのはお前だけだ,なんて言わないで…) だから,教科書のはじめのほうに出て来るEuler-Lagrange方程式の知識だけでHamilton-Jacobiを理解できるようになるとハッピーではなかろうか,と思って計算をしてみたのである。実はこれはちょっと前から気になってて,多分こうすればできるだろうな,と思っていたのだが,腰痛で寝たりしないかぎりこういう計算はなかなかやらないでしょう。で,やってみたら意外と簡単で1ページ程度でできました。どっかまちがえてたら教えてください。