Aug 19, 2007

夏の日の午後の研究室にて

Knock, knock!
「はい,どうぞ。なんだ,A子じゃないか。」
「センセ,借りた本返しにきました。」
「あ,この前貸した『科学哲学の冒険』ってやつね。対話形式で科学哲学のわかりやすく紹介をしているんだが,結構つっこんだ内容もあるってやつ。面白かった?」
「内容はとっても勉強になったわ。科学哲学って名前だけ知っていたけど,結構面白い分野なのね。」
「この本は英語のS野先生に勧められて買ったんだが,面白くていっきに読んでしまった。いい本だと思うな。」
「S野先生って,あの,背の高い,丸い眼鏡かけてる先生ですか? あの先生,カッコ良くてダンディだって女子学生の間では人気よ。」
「そう,あのカッコ良くてダンディな先生。彼の本業は自然科学哲学なんだよ。まだ若いけど,その業界では評価されているらしい。実は彼は僕の大学時代のサークルの後輩なんだ。」
「へえ,そうなんだ。同じサークルの先輩後輩でもずいぶん違うものね。」
「どうせ僕はカッコ良くもないし,ダンティでもないですよ。新宿歩いていると意味もなく不審尋問されるし。」
「いじけない,いじけない。ひとそれぞれってことよ。それより,この本,内容は面白かったけど,書き方がちょっと疑問だわ。」
「(『ひとそれぞれ』って,よく考えると全然フォローになっとらんやんけ。)書き方?」
「書き方というか,一般的なことだけど,この手の解説本で会話で話をすすめていくやつがよくあるけど,これって本当に意味があるのかなあと思うの。この本も,大学の先生と研究室に遊びにきた学生の対話という形をとっているけど,なんかまどろっこしくて,ちゃんと論説文みたいな感じで書いてくれたほうが,すっきりするような気がする。 」
「あ,それは僕も日頃感じることだ。先生と生徒の対話みたいにすれば,難しいこともやさしく理解できるみたいな誤解があって,ちと困る。難しいことは対話にしようが漫画にしようが難しいわけで,それを解説するのはどんな形をとっても大変だよね。たとえば量子力学って知ってる?」
「自然科学概論の授業で名前だけ聞いたわ。」
「その量子力学でシュレディンガー方程式というのが重要な役割を果たすんだが知ってるかな?」
「シュレディンガー方程式?」
「量子力学では,電子のようなミクロな粒子は古典論のように位置と運動量がはっきり決められないんだよ。だから,それをある意味で確率的に記述するしかなくて,その確率が従う方程式のことをシュレディンガー方程式というのさ。シュレディンガーって物理学者がみつけたんだけどね。」
「なるほど,シュレディンガー方程式がどんなものかわかったわ。」
「……なんて感じの会話が書いてある解説をみかけるけど, おまえナメとんのか,ゴルァ!と言いたい。シュレディンガー方程式の名前を初めて聞いた奴が,この数行の解説で理解できるはずがないじゃないか。でも会話文にするとうまく解説したつもりになっちゃうのかなあ。」
「まったく同感。それにこういう会話文って,なんか超不自然だったりしない? たとえば, この会話の冒頭にセンセの『なんだ,A子じゃないか』ってセリフがあるけど,普通こんなこといわないよね。その次の『対話形式で科学哲学のわかりやすく紹介をしているんだが云々』ってのも,妙に説明的で,お互いに知っていることなんだからわざわざ言う必要はないはず。読者にわからせようとして,不自然な会話になってしまっている。」
「あと,思うんだが,話の本質に関係のない,マクラというか遊びというか,その部分がどうしようもなくダサくて面白くないってことよくあるよね。」
「この会話でいうと『どうせ僕はカッコよくないし,ダンディでもないですよ』あたりね。センセに借りたこの本でも,登場人物の男と女の学生二人が実はつきあっていました,みたいな挿話が最後にあるけど,面白くもなんともないわ。そんな理系オタク女と哲学フェチ男がチャラチャラつきあってるかどうかなんて,どうでもいいわよっ! 知りたくもないわ。」
「なんか私怨入ってません? そう言えば,A子って最近彼氏とわかれたって噂を聞いたが……。」
「……。」
「……。」
「だから,そんな本筋に関係のないダサい創作の部分なんて必要ないって言ってるでしょ。」
「へい。すんまへん。でも,まあ,対話形式による解説って,かのガリレオ・ガリレイもやっているし,うまく使うとそれなりの効果はあるんじゃないかな。つまり,なんでもかんでも対話形式にすればわかりやすくなるってわけじゃないけど,それなりに文才のある人がうまく使えば効果はあるってこと。」
「いかにも対話形式の解説の最後に強引にまとめましたっていう,不自然なセリフね。」
「おあとがよろしいようで。」
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