Dec 30, 2006

東京大学のアルバートアイラー returns

以前に書いた「東大アイラー本」の記事にたくさんコメントをいただいて,いくつか疑問点が生じたので同じ著者の「憂鬱と官能を教えた学校」も読まねば,と思っていたのだが,一時中断して他の買って読んでいない本を片付けている(「ドラゴンフライ」面白かった!)うちに日がたってしまって,最近ようやく読むのを再開したところである。…と思っていたら,昨日,かなり厳しいコメントをいただいた(12/04コメント欄参照)。

>何も知らない人が能天気ないちゃもんをつけているように読めました。

という御指摘である,確かにナカムラは音楽に関しては素人だし,さらに同じ素人でももっと詳しい素人の方もゴマンといると思われるので,「何も知らない人」といわれても仕方がないかもしれない。ただ,自分の書いたものには「しょうもないジョーク」も含めてそれなりに責任があると思うので,「そんな,素人の話にいちいちめくじらたてなさんな」みたいな無責任なことは言わず,御批判には答えたいし,誤りがあればそれなりに謝罪・訂正はしていきたい 。

ということで,以下がこのコメントについてナカムラの返答である。書いているうちに,コメント欄には長すぎる分量になったので,新しい記事にした。コメント主さん(コメントには名前がなかったので,便宜的にこよばせていただく)にまだ読んでいただけるようなら,さらなる反論・コメントをお待ちしてます。また,これを読まれた他の方でも間違いなどあったら指摘していただきたい。なお,ナカムラはバークリー・メソッドを直接学んだことはなく,「ジャズ・スタディ」やら「憂鬱と感能」やらで間接的に知っているだけであることをことわっておく。「原典を読まないかぎりなにも言うな」という立場もあるかとは思うが,孫引き知識でも許される理科系業界にいる(「プリンキピア」読んだことのある物理学者なんてほとんどいないだろう)ということで大目にみていただきたい。

>いいですかいいですか、デイヴィスがバークレー・メソッドを学んで台頭したのではなく、デイヴィスらが始めたモード・ジャズを分析する手法としてバークレー・メソッドが台頭したのですよ。

いいですよいいですよ。まず,単純な事実確認から。バークリー・メソッドがいちばん成功したのは,モード・ジャズではなく,それ以前のビバップに代表されるコーダルなジャズだと思うのですが。コーダル・アプローチに関してバークリーは,ドミナントモーションとかサークルオブフィフスとか,非常にシステマティックな体系を持っているが,モードに関してはイマイチだと思う。これはナカムラが思うだけでなく,「憂鬱と感能」にもそのあたりがバークリーの限界だというように書いてある。いや,モードがイマイチでないとしても,バークリーがその地位を確立したのは,主としてコーダルな音楽に対するアプローチによってであろう。だから,「モード・ジャズを分析する手法としてバークレー・メソッドが台頭した」という指摘はあたらないでしょう。

しかし,これは多分,(ナカムラの間違いでなければ)単なるコメント主さんの勘違い(まさかコーダルなアベイラブルノートスケールをモードと勘違いしていることはないと思うが)であり,議論の本流には影響しない。コーダルなアプローチでもバークリーの強い影響をうけてジャズが発展した,というのであれば,ナカムラに対する批判は当を得ているわけだ。だからたとえば

>コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」がモロにバークレーの延長で構成された曲であることも本書では指摘されているのに、読んでいなかったのでしょうか。

というとき,コルトレーンがバークリー・メソッドを勉強して「ジャイアント・ステップス」を書いたのか,それとも,あとからコルトレーンの曲をアナライズするためにバークリーシステムが進歩したかが問題である。後者だと思うのですが,どうですか?

「ジャイアント・ステップス」は必ずしもいい例ではないと思うが,一般的にバークリー・システムを身につけたジャズマン達がジャズを発展させていったというのでなく,すでにあるジャズのスタイルをバークリーがうまく整理したというのだとすると,ジャズ史にとってバークリーが重要,というのはあたらないでしょう。ナカムラの専門の物理のたとえで言うと, ランダウの「場の古典論」は相対性理論の教科書の定番だが,だからといってランダウが相対性理論の発展に重要な役割をはたしたとは言えまい。

>コード・システムはバッハが最初という突っ込みもナンセンス。

これはナカムラの書き方が悪かったようだ。すみません。もう一度読んでいただければわかると思うが,「コード・システムは昔からあった」というのがナカムラの主張で,そのわかりやすい例としてバッハをだしたまでである。バッハが最初とは言っていない。バッハがはじめようが,はるか昔のネアンデルタール人がはじめようが,議論の本筋には変わりない。だから,

>バロック時代に既に通奏低音+数字というスタイルのコードが存在しています。

というコメントは,ナカムラの主張と完全に一致する。そして

>バークレー方式はこれを受け継いだものであるという指摘が下巻にあるのですが、これも読んでいないのでしょうか。

というとき,バークリーが単にこれを受け継いで充実させただだけなのか,それともジャズの発展に寄与するなにか根本的な質的変化をもたらしたのかが,重要だろう。そして,その点について,東大アイラー本はほとんど説明をしていない(と思う)。もちろん,「バークリーという言葉は特定の学校をさすのではなく,もっと広い意味でジャズ的な楽理一般を象徴的に意味する」という主張はありだが,そうだとすると「バークリーがジャズに重要」というのは定義により常に真の命題で,なにも言っていないに等しい。

また,「ここで論じているのはジャズの歴史ではなく,ジャズの記号化の歴史だ」というならばそれは正しいかもしれないが,そうすると次のMIDIの話題と同じく「看板に偽りアリ」ということになる。読者のほうで勝手に看板を想像しているという面もあるが。どっちにしろ,そのあたりを著者が明示的に論じてないのは問題だと思う。(それとも,コメント主さんが主張するようにナカムラの読解力が足りないだけか?)

>MIDIが変えたのはジャズについてではなく、旧来の音楽観そのものではないでしょうか。

これは前の記事に対するUshiro氏のコメントの所でも書いたけど,ジャズ史の本という看板を掲げているかぎり「MIDIはジャズとは関係ないけど音楽一般として」というスタンスは非常にミスリーディングで不正実と言わざるを得ないでしょう。さらにナカムラが主として問題にしているのは,この本の理論的整合性ではなく,それを読んだときの「平均律・バークリー・MIDIでジャズがわかっちゃった」という疑似理解の方である。現に本文でリンクしたAmazonの書評にも明示的に「ジャズ」と書いてあるものが多い。

ということで,コメント主さんの

>結局、このブログの主どのは自分が理論的なことをなんにも知らないことを棚に上げてひとの批判をしているんです。

というご意見は少しは変えていただけるでしょうか? ダメかな? ちなみに音楽学校の名前は「バークリー」です。バークレーはサンフランシスコの近所,バークリーは地名じゃないけど所在地はボストン。モントルーとモンタレーくらいややこしいから間違うひとはおおいけど。

Comments and Trackbacks

バークリー

自分で書いておきながら,前の記事では「バークレー」と書いてますね。お恥ずかしい。

Posted by 中村 at 2006/12/05 (Tue) 15:18:37

教えてください

バップやモードジャズの延長線上に新しい4ビート系のワクワクするようなJAZZが現れないかと期待しているのですが、もう無理なんでしょうか?そのあたりの疑問にもこの本は答えてくれますか?複数のアーティストがジャックディジョネットのスペシャルエディションの1枚目のようなアルバムをわんさか出してくれるようなシーンがやってこないかと期待して早25年。

Posted by YI at 2006/12/07 (Thu) 22:56:41

さあ、長いし荒れるかも?

わたし、この本を全く読んでないんですが
まぁ、それはおいといて

>デイヴィスがバークレー・メソッドを学んで台頭したのではなく

そもそも「デイヴィスがバークレー・メソッドを学んで台頭」という趣旨の発言が見あたらないですね。

とはいえこれは少々微妙な発言かも知れませんね↓
>パーカーやマイルスなど,ジャズの歴史をひらいていった天才たちはバークレーメソッドなんて知らなかったことは言えるだろう。

体系化されたあとの「バークリーメソッド」としては、知らずとも、直感的にではなく、どのようなコードプログレッションに対し、どのようなノートが使用可能か等の分析は行っており、その結果に基づき、それを実践していたことは間違いないと思います。
60年代中盤以降のマイルスのプレイには当てはまらないと思うけど。

>デイヴィスらが始めたモード・ジャズを分析する手法としてバークレー・メソッドが台頭したのですよ

それはあり得ないっしょ。
まずバークリーメソッドの台頭、というか普及は、多少瑕疵はあるがわかりやすく体系化された普遍性の高い方法論だったから、ってことが第一だと思うんですけどね。
いずれにせよモード・ジャズを分析する手法としてなんて全然関係ないでしょ。so what初演の頃の教会旋法にほぼ準じたモードを分析するならネタ元である教会旋法に遡るか、ラッセルのLCCでも研究するのが重要。
blog主氏のコメントにも「コーダルなアベイラブルノートスケールをモードと勘違いしていることはないと思うが」とありますけど、端からみればこんな主張がでてくるということは旋法 と コードスケール を混同してるとしか思えない、というのが正直な感想。(コーダルなアベイラブルノートスケールっていうblog主氏の表現は的確さを欠くかも)

>コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」がモロにバークレーの延長で構成された曲であることも本書では指摘されているのに、読んでいなかったのでしょうか。

だからといって「デイヴィスらが始めたモード・ジャズを分析する手法としてバークレー・メソッドが台頭した」ことの証明にはならないと思うんですがねぇ。よくわかんないです。
余談ですが、多くのジャズ演奏家が著作や講演等でこの話をするのは
ジャズを演奏するために必要なイディオムを理解していない一部の評論家がジャイアントステップス=モード曲と説いたため、それを真に受けた世間一般のリスナー間で誤った認識が定着してしまったのを訂正する為と思われます。



blog主氏も自身で釈明しているとおり
>コード・システムはバッハが最初という突っ込みもナンセンス。
という主張自体存在しないうえに
一般的にはバッハの死去までがバロック自体と呼ばれてるのだから、大バッハの
時代からコードシステムの原型はあった、という説に対し、
>バロック時代に既に通奏低音+数字というスタイルのコードが存在しています
という反論こそ、ナンセンスの極みでは?
せめて「初期バロック時代に既に通奏低音+数字というスタイルのコードが存在しています」にしないと反論の体を為しませんよ。

ネットで検索して解ったのですが下巻に書いてあるというこの発言、濱瀬氏の請け売りですよね。請け売りに過ぎないからこんな中途半端な反論しかできないのでしょ。
結局コメント主氏こそ
>何も知らない人が能天気ないちゃもんをつけている
に相応しいのではないかと。

Posted by htg at 2006/12/08 (Fri) 02:54:17

げげっ,長いコメントが!

また,こき下ろされるのか!?と思って読んでみたら,ナカムラのあやふやなところまで正してくれる非常にありがたいコメントでした。htgさんありがとうございます。

察するにhtgさんはナカムラよりもはるかにジャズに関する造詣が深いとお見受けしましたが,YIさんの「バップやモードジャズの延長線上に新しい4ビート系のワクワクするようなJAZZが現れないかと期待しているのですが、もう無理なんでしょうか?」という問題提起(コメントが重複していたのでひとつ消しました。あしからず。)はどうお考えでしょうか? ナカムラは,いままでのスタイルでのいい演奏というのはいろいろ出てくるだろうけど,本質的に新しいものはもう無理なんじゃないか,と悲観的です。

Posted by 中村 at 2006/12/09 (Sat) 17:49:31

jazz及びアフロアメリカンは時代に合わせてインタープレイのスタイルを内側から自己変革しつづけるってのはただの幻想なんでしょうかね。ビートは4でなくてもよいのですが。

Posted by YI at 2006/12/09 (Sat) 21:04:24

jazz及びアフロアメリカンは時代に合わせてインタープレイのスタイルを内側から自己変革しつづけるってのはただの幻想なんでしょうかね。ビートは4でなくてもよいのですが。

Posted by YI at 2006/12/10 (Sun) 13:20:15

>バップやモードジャズの延長線上に新しい4ビート系のワクワクするようなJAZZが現れないかと期待しているのですが、もう無理なんでしょうか?

無理。60年代から語彙が全然増えてない

Posted by htg at 2006/12/11 (Mon) 21:46:30

>無理。60年代から語彙が全然増えてない
残念ですね。パーカー~マイルス,トレーンといったjazz革新のたかだか何十年の歴史から定規でまっすぐ線を将来に伸ばすのが無理なのかな。ロフトJAZZの頃は何か新しい場が有るのかな?何か起こんないかなと期待したんですが結果を見ると....。

Posted by YI at 2006/12/11 (Mon) 23:51:02

旅行にいってたりして

反応が遅れてすみません。

ナカムラもhtgさんと同じ考えです。多分,20世紀前半のクラシックファンも同じ気分じゃなかったのかなあ。ストラビンスキー,ドビュッシー,シェーンベルグときて,次は何がくるかなあと思ってたら,何もこなかったって感じ。

Posted by 中村 at 2006/12/21 (Thu) 17:09:41

おお。なんか議論が持続している!

> ナカムラもhtgさんと同じ考えです。
> 多分,20世紀前半のクラシックファンも
> 同じ気分じゃなかったのかなあ。
> ストラビンスキー,ドビュッシー,
> シェーンベルグときて,次は何がくるかなあ
> と思ってたら,何もこなかったって感じ。

そういうのを「ポストモダン」と呼ぶんじゃなかったでしたっけ?
ストラビンスキーはたいへん好みです。関係なくてすみません。

Posted by ushiro at 2006/12/21 (Thu) 18:29:04

ポモ

> そういうのを「ポストモダン」と呼ぶんじゃなかったでしたっけ?

「ポストモダンの再来」をキーワードに21世紀のジャズを読み解く,とかいうのはどうでしょ?

Posted by 中村 at 2006/12/22 (Fri) 19:07:53

学が浅く哲学やクラシックのことはわかりませんが、私が求めているのは、インタープレイの継続的な発展だとか、知的なフレーズの中に密かに宿るブルース衝動だとかの一種の古めかしい物語でありますから、ポストモダンとかいう枠からは外れるのでしょうかね?ポストモダンなJAZZって、具体的にはどんなJAZZのことですか?クレズマとかのことですか?

Posted by YI at 2006/12/25 (Mon) 18:05:06

ポストモダン

いや,ナカムラも「ポストモダン」がなにかはよくわかってません(本当に理解しているひとってどれくらいいるのかな?)。上に書いたフレーズは,「ポストモダンってひところはやって,でも今は大真面目なってるとちと恥ずかしいもの」という程度の理解で書いたジョークです。チープな音楽評論家とかがいかにもいいそうでしょ?(こんなこと書くと,また「何も知らない人が能天気な…」とか言われるのかも知れませんが…。)

Ushiro氏の解説を期待したいところです。

Posted by 中村 at 2006/12/27 (Wed) 18:59:52

官能の官が違うのが気になるので直してくだされ、、

Posted by na at 2006/12/29 (Fri) 14:50:57

なおしました

失礼しましたです。

Posted by 中村 at 2006/12/30 (Sat) 17:40:04

Berkeley

UC Berkeley出身の友人によれば、バークリーと発音するのが正しい由。音楽院もバークリー、すると両方同じ発音?

Posted by at 2007/01/09 (Tue) 13:26:33

感想です

批判コメントと反論文を興味深く読ませていただきました。まずブログ主さんの主張に9割以上は賛成いたしますが、一部矛盾点を感じました

>コルトレーンがバークリー・メソッドを勉強して「ジャイアント・ステップス」を書いたのか,それとも,あとからコルトレーンの曲をアナライズするためにバークリーシステムが進歩したかが問題である。後者だと思うのですが,どうですか?

これについては、著者は四度圏表を使って、「Giant Step」が、四度圏表で正三角形になることをあげて、偶然こうなるというのは確率的に考えられないとして、四度圏表を使って作曲したのでは、と推測しておりました。
チャーリー・パーカーの曲を分析すると、例えばC→Bにとび、あとはB→E→A→Dとコードチェンジのように楽理に基づいているが、これはパーカーの能力をもってすれば経験的にコードチェンジの楽理を理解した結果だと思われるが、「Giant Step」はそういうものとは本質的に違うのでは…という内容だと思いました。著者の分析どうりなら、あとから分析したらそうだったというのは無理があるかもしれませんね。

>すでにあるジャズのスタイルをバークリーがうまく整理したというのだとすると,ジャズ史にとってバークリーが重要,というのはあたらないでしょう。

確か、著書の中でもバークリーは象徴的な用語として使っていて、学校そのものがキイワードではないと書いてあったような気がするのですが…。バークリーは45年設立で、当初はバークリーという名前ですらなく、しかもジャズに縁遠いボストンにできた学校ですからね。卒業生が最低でも数世代できなきゃ権威なんか生まれないと思いますし、それを前提に書いてるでしょうから、バークリーという学校そのものがキイワードというふうには、とても書けないと思うんですが…。ただし、コルトレーンが、「Giant Step」をリリースした59年頃には権威が確立しつつあったかもしれませんが…。そのへんは浅学なのでわかりません。

MIDIはフュージョンのことを言っているのでしょうが、著者自身があまり興味がないんじゃないですかね~。確かに内容が曖昧でしたよね。ただ、「打ち込み」による作曲や電子的にあらゆるインストゥルーメントの音響をだせるようになったというのは革命ですからね。これはジャズだけではありませんが、だからといって取りあえげないというのもおかしいと思います。それにクラブ・ジャズの流行やアンチという意味で、新継承派とかニューバップ派の登場ということもありますから、すくなくともジャズ史の中でとり上げてもおかしくはないと感じました。

それ以外はモードのことなどはブログ主さんの言うとおりだと思います。モードはスケールそのもののことなんで、コード体系である「バークリーメソッド」では対応できないことですよね。

私は実はこの本を見て始めて、「バークリー・メソッド」という言葉を初めて知ったのですが、これは以前から使われていたんですかね?使われてたにしろ、これを広げたのは著者らの功績(?)と思います。
私が思うに、実はこれがこの本の本質的なことで、バークリーが学校のことかどうかなどはどうでもよく、ようするこうしたキーワードでジャズ史を記号化したことに意味があると思うのですね。
これは「モダニズム」と「ポストモダニズム」についても同じことだと思います。記号によって時代を分けてしまったわけです。

では記号化することで何かあるかというと、それ自体は大した意味はないのですね。だからブログ主さんが言われているように、それでわかったように言っている人というのは、確かにオメデタイ人だと思います。

記号化する意味というのは議論がしやすくなるということだと思います。現に、意味の如何は別にして、ここでも大いに議論されているわけですね。記号化という工程を経るとある程度ですが、認識の共有化が進むんですね。そうすると単にこの音楽は好きだ嫌いだという次元から、一歩進んだ史学的なアプローチがしやすくなるということだと思います。

そういう意味で著者らが共有化しやすい記号論を提示したというのは事実だと思います。
ただ、記号に正解も不正解もありません。あくまで問題を整理するための手段なので、それでカリスマ化しつつある現況は確かに異常さを感じますよね。
確かに、そのへんは著者らの説明不足があると感じます。

Posted by どうも at 2008/10/10 (Fri) 18:13:06
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