Aug 18, 2006

ハートのエースが出てこない?

ジョーカーを除いたトランプ52枚をよくシャッフルして、その中からランダムに一枚抜き出すとしましょう。もし、そのカードがハートのエース以外だったら、あなたはその数字かける1万円もらえる、しかしハートのエースだったら、その回までに稼いだものを含めて、もっている金をすべて没収される。この賭けを何回かくりかえすわけだが、あなたはいつでも好きなときにやめることができる。ただし、ハートのエースをひいたらその回ですべて終了で、それ以上つづけることはできない。では、一定額の所持金からはじめた場合、何回めにやめるのが賢いか?

このページをお読みの理系オタクなみなさんなら、こういう問題はお手のもので、ちょこちょこっと期待値など計算してしまうだろうが、重要なのは正確な計算値ではなく、この賭けをいつまでも降りないと、必ず全財産を失うということである。一回の試行で所持金を失わない確率は51/52でかなり高い確率だが、これを何回もくりかえすと、51/52かける51/52 かける51/52かける…という風にどんどん確率は小さくなって行く。たとえば200回くりかえすと、所持金を失わない確率は約0.02、つまりほぼ確実に全財産を失う。一回だけの賭けならばラッキーして勝ち逃げできる可能性が高いが、それに味をしめて何度も賭けを続けていると、確実に破局が訪れるということだ。

さて、話は変わって最近の時事話題、アメリカからの牛肉輸入再開である。ははーん、ナカムラのやつ、確率の話をしてると思ったら、牛肉を食べ続けるといつか必ず狂牛病にかかるとか言いたいんだな、と思ったあなた、残念ながら話はもう少しひねってあります。

この狂牛病だが、最近読んだ本によると、もともとスクレイピーという羊の病気が牛に,そして牛を経由して人間に伝染するようになったのは人間の発明した技術が原因だそうだ。つまり牛に他の家畜の肉や骨を砕いた,いわゆる肉骨粉というやつを食べさせるという,いままでになかった効率的な飼育法によって,飼料にされた羊の病気が牛に伝染ったのである。そして、スクレイピーや狂牛病、あるいはクロイツフェルト・ヤコブ病は潜伏期間が数年から数十年と長いため、その因果関係をつきとめるのに、長い時間と多大な労力が必要だった。その原因がつきとめられるまでは,狂牛病とは原因不明の謎の病気で,肉骨粉という人間の発明がもたらしたものとはわからなかったわけである。

ということは、ですよ,今,狂牛病とは別の人間起源の問題がまさに現在進行中で,でもその因果関係などの全貌がわかるのに何十年もかかったりして,よくわからないうちにどんどんと災難が広がっていくということは十分に有りうることではなかろうか。そして,そういう災難のひとつが,何か人類に決定的な害悪をもたらす可能性は否定できないだろう。たとえば、携帯電話の微弱な電波が生殖細胞のDNAにすこしづつ影響を及ぼし、5世代先には不妊率が90%を越える、なんてことになったら、人類はそれを防げるだろうか?(あくまでたとえの話,現実的にはこの可能性は低いと思います。)5世代先になってその事実に気づいたとしても、もう遅いのである。

で、問題は、そのような破滅的な副作用のあるテクノロジーというのは、人類の繁栄が続く限り,必ずいつか開発され、人類を破滅に導くいうことだ。その理由は上に述べたトランプゲームと同じである。一度の賭けで負ける可能性はきわめて低くても、それを無限回繰り返すと、必ずいつかはハートのエースをひいてしまう、つまり破滅的な結果がもたらされるというわけだ(その前に強制的にゲームが中断されない、つまり、戦争や天災などの別の理由で人類が破滅しないとしてだが)。

これは(1)人類は自ら開発する技術から生じる影響をすべて確実に知ることはできない、(2)その影響の中には人類に破滅的影響があるものも存在し得る、(3)人類は破滅するまで新しい技術を開発し続ける、という三つの前提をみとめると、ほぼ数学的に演繹される命題である。上述の前提のうち、(1)と(2)はまず反論の余地がないだろう。(3)も今の社会をみると止めようがないように思えるが、社会通念というのは時代によって変わるので、何千年のタイムスパンではどうなるかわからない。

ということで、人類が自分で開発した技術によってもたらされる破滅から逃れるには、ある時点で「ああ、もう世界は十分に便利になった、これ以上なにかを発明するのはやめよう」と全員で合意して、賭けを勝ち逃げする以外にないのではなかろうか?

ナカムラ個人としては別の選択肢を考えていて、それは「人類の繁栄なんて無限に続かなくてもいいじゃん」というものである。現時点ではこっちの方が現実的に思えるんだけど。

Comments and Trackbacks

珍しく真面目に書くけど

便利さや長命を実現するための科学技術・医療技術は高度の科学文明に支えられたものだけど、それらを推進している「より快適でありたい、仲間の命を少しでも長らえたい」という動機の方は進化のプロセスで獲得したきわめて原初的な本能だと思う。本能にもとづく行動を、(あまり説得力のない)理屈で押さえ込むことは不可能なので、結局はハートのエースを引く日が来るのだと思うなあ。ま、俺が死んだ後だけど。
ついでだけど、文明を放棄して「自然な」状態に戻れば永遠の安定が保証されるというのも嘘くさい信念だと思う。自然の生態系がそこそこ安定なのは、要するに、たまたま安定なものが生き残って観測にかかっているからに過ぎないわけで、安定していることが保証されているわけじゃない。よく考えてみれば、微生物だけがほどほどにいて、化学物質とエネルギーの出し入れのバランスが取れていれば十分に安定なのに、進化なんぞガおきて、わけのわからない複雑で多様な生物がどんどん出てきしまうなんていうのは安定とはほど遠いのだよな(自分の日記に書きたくなってきた)。

Posted by たざき at 2006/08/19 (Sat) 17:05:27

鼠と人間と

御伽噺みたいな題だけど、ある種の鼠はふえすぎると集団になって海にとびこみ「集団自殺」して個数を調節するそうな。鼠は高等技術をもたないから単純明快だけど、人間はいろんな知識を持ってしまったので文明と称して電磁波をジワジワだしたり、羊を牛に食べさしたりしてジワジワ集団自殺するんじゃないかな。結論はナカムラさんの説に賛成。べつに人類だけがいつまでも繁栄する必要ない。いろんな種が人類のせいで絶滅してるのだから。ただその瞬間か期間か、その「時」にワシャ立ち会いたくないよ。(影の声:お前いつまで生きる気か!?)

Posted by むじな at 2006/08/19 (Sat) 20:04:43

物心ついたとき...

テレビがもうありました.電磁波浴び続けて数十年,1950年代後半から60年代前半生まれの人々が50歳くらいでやたらめったりぽっくりいったりして.

ところで環境科学関係の大学院には「地球を守りたいんです」とか面接で言うのが増えてきた頃があったらしいです.「はいはい.じゃぁウルトラ警備隊に雇ってもらいなさい」と私なら言ったでしょう.

よく「地球にやさしい」とかもてはやされてますが,地球はそんなにやわじゃないです.人類滅びても地球は滅びません.

また「気象学者が温暖化の影響を懸念している」とかニュースで言われてますが,私(一応気象学者)は全くしてません.大気中CO2濃度を上げればほぼ間違いなく温暖化します.でもそれは科学的手法に基づいた予想であり,そこから「懸念」している心境に行くのはquantum jumpです.

ところで持続的社会だったかも最近流行ってて,百年持続ってのは聞いたことがあります.千年持続も聞いたかなぁ?でも「持続」って「地獄」に音が似てますね.

Posted by 義従弟 at 2006/08/19 (Sat) 22:10:31

人工と自然と

 はじめまして。

 定性的には意義のあるおもしろい考察だと思いますが、定量的にリスクをとらえると「(2)はまず反論の余地がない」という点に違和感を感じます。破滅的影響のレベル想定も必要ですが、ハートのAが存在するとしても、その周辺にはAが見つかるのでわかる、という場合も多いのではないでしょうか。あれやこれやでハートのAを引く確率は陽子崩壊の確率より低いかも知れません。そこまでいかずとも、太陽が巨星化して地球を飲み込むまでにハートのAを引く確率が十分に低ければあまり問題はなさそうです。

 個人的に最もハートのAに近いと思ったのはジョン・ブラックバーン作「リマから来た男」のネタです。ただしこれは自然に発生する可能性もあります。
http://homepage1.nifty.com/ta/sfb/blackbe.htm
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=02076971

 逆に人類が技術開発というものをやめてしまった場合は次のような可能性もありますね。
 (1)人類は自然界の変化から生じる影響をすべて確実に知ることはできない、(2)その影響の中には人類に破滅的影響があるものも存在し得る、(3)人類は破滅するまで何の手も打たずに無視し続ける。

 まあ実際には人工であれ自然であれ色々な可能性が研究されていますが。

 蛇足ですが、BSEでは人類への破滅的影響はゼロに等しい、という点はOKですよね? エイズやエマージェンシー・ウイルスの方が遙かに深刻です。

Posted by diamonds8888x at 2006/08/20 (Sun) 05:17:19

「ユナ・ボマー」氏などこれを真剣に憂慮していたのでしょうね。
先ずは人類は全てのテクノロジーを放棄するべきだと主張し、
これはさすがに不可能だと悟ると次に新たなテクノロジーの開発を断念するべきだと主張し、
これも現実味に乏しいと気付くと今度は自分の声明文をマスコミで発表するべきだと訴え、これだけ現実化しましたね。

というわけでジュラシックパークの
「何を心配している、人類が滅びても地球が滅びるわけじゃない」

Posted by 小狸工房 at 2006/08/20 (Sun) 17:21:57

義従弟さん

Posted by 摂津の住人 at 2006/08/20 (Sun) 20:10:02

義従弟さん又こんにちは

いろいろ皆さん難しい記号や数式のお話の中に又ばかばかしい質問ですが「気象学者」さんと言う方々は何をする人ですか? 気象を観測したり分析したりするだけで気象とか天候とかを調節したりする研究はしないのですか? 

たとえば医者がMRIだのPETだの検査した場合はたとえほんの少しでも治療につなげようと努力しますが。いえ、人間と気象の違いはわかります。台風や旱魃を何とかしてほしいとは言いませんが中部地方に豪雨で川が氾濫、人が死んでるのに、近畿地方はカラカラてな時、ほんの一寸でいいから雨雲の一部をちぎって移動させる・・・と言うような事は研究しないのですか? フェアバンクスで会った学者さんが空港の霧を飛ばす工夫をしてる、とは聞いた事ありますが。

ヤクザ医師さんによろしく。

Posted by 摂津の住人 at 2006/08/20 (Sun) 20:30:49

肉骨粉の発明は、そのトランプ・ゲームのような泡銭を稼ぐための発明だったのか・・・知らなんだ。
スクレーピーというのはどこから来た感染症なんでしょう。
共食いを防ぐインテリジェント・デザイン?
これもトランプ・ゲーム的発明のなせる罪でしょうか。

でも一番気になったのは、件のトランプ・ゲームで没収のカードがハートAというところ。
カード的にはスペードにしたいなぁ。
ダメ?

Posted by ハリケーン at 2006/08/21 (Mon) 15:35:46

スペードじゃダメなわけ

リンク先参照

Posted by たざき at 2006/08/21 (Mon) 16:55:56

摂津の住人さま

ご無沙汰しております.「ナカムラ氏に良いお嬢さんを紹介する」というMission Impossibleが遂行できずに大変申し訳ありません.

ところで「気象学者は何をする人々か?」ですが,ある一例を申しますと,理論物理学者と山登りに行って,

理「あの山にかかっている雲は怪しいんじゃない?降りようよ.」
気「これだから理論屋は困る.あんな雲,なんでもないですよ.さっさと登りましょう.」

と答え,途中で雪が降り,涙を流しながら頂上まで登り,さらに涙を流しながらなんとか夜中過ぎにテントに戻ってくるようなことをする人々です.

ところで気象の調節ですが,1950-80年代(ちょっと年代は怪しいです)は人工降雨は日本でも広く研究されていました.モスクワ五輪のときには会場に雲が来る前にソ連が人工的に雨を降らせたとのウワサがあります.今度の北京五輪では中国がするというウワサもあります.

日本では渇水対策のための研究が立ち上がっています.豪雨を回避というのはちょっと難しいと思いますが,「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」で検索をしてくださいませ.

Posted by 義従弟 at 2006/08/21 (Mon) 19:11:36

ハートのA

>たざき様

元ネタの歌でもハートのAは幸運のカードなのに。
不幸のしるしはスペードがお似合い。
スペードのQが良いのではなかろうかと、葉っぱのDAME(独)とダメ?をかけてみました。

Posted by ハリケーン at 2006/08/22 (Tue) 09:25:28

たくさんのコメント多謝です。

全部には反応しきれないのでご容赦。

diamonds8888xさん:
御指摘はごもっともです。実はそのような指摘を予測して「人類の繁栄が続く限り」とか「人類が破滅しないとしてだが」とか逃げ手をうって,論理的には妥当な文章にしてあるのですが,もちろん,実質的にはおっしゃるように,非人為的要因とのトレードオフになるわけで,まあ,そのような実のある議論を始める前提条件(物理屋のよく言う「境界条件」)の話だと思ってください。

義従弟+摂津の住人さま:
また,ナカムラ親戚伝言板モードになりつつありますが,摂津の住人氏のような疑問って,しごく真っ当であり,かつわれわれ職業科学者との意識のずれが現れるところですね。いつかちゃんとなんか書かないと,とは思っているます。

> ところで持続的社会だったかも最近流行ってて,百年持続ってのは…

「持続的社会」とか「Sustainable」とかいう,はやり言葉自体は,多分10年もたないでしょうね。

> 途中で雪が降り,涙を流しながら頂上まで登り…

あのときは雷までなって,しかも頂上の無人小屋に逃げ込んだら室内に「ここは雷の時は非常に危険なので入らないように」とか貼り紙があったような…。

ハリケーン+たざきさん:
たざきさん,ナカムラにかわってご回答ありがとうございます。ハリケーンさんは,たざきさんやナカムラよりだいぶお若いとおみうけしました(あるいは逆でかなりご年配か)。実は書きはじめたときはジョーカーにして「最後にババをひく」というレトリックにしていたのですが,こっちの方がちょっと粋でしょ?

Posted by 中村 at 2006/08/22 (Tue) 17:43:35

あぶない牛肉、鈍感な米国人━米史上最大規模の冷凍肉リコール(回収)命令

▼米国の大規模牛肉リコールに関するAP通信ニュース・ビデオ http://ww...

Posted by 専門家や海外ジャーナリストのブログネットワーク【MediaSabor メディアサボール 】 at 2008/03/06 (Thu) 14:56:45
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