Nov 21, 2005

Bad Know-how

EXOS-Dという人工衛星を御存じだろうか? 和名を「あけぼの」といって1989年に打ち上げられたオーロラ観測衛星である。作ったのは,今は宇宙開発研究機構として他の機関と統合された当時の宇宙科学研究所 (以下宇宙研と呼ぶ) である。実はナカムラの以前の職場だ。この衛星はもともとはオーロラがなぜできるか,というオーロラ粒子加速機構の解明が目的であったが,そっちの成果はいまいち芳しくなく,しかし磁気圏プラズマ波動などの分野では結構な成果をあげている。オーロラ粒子加速の研究がイマイチなのはいろいろな理由が考えられるが,高品質の観測データをにらんでさえいればその奥の物理は自動的に理解できる,という戦略があまりに甘過ぎたのが最大の要因じゃなかろうか,とナカムラは思っている。VikingやPolarやFastなど外国の人工衛星だって同じ問題に苦しんでるような気がする。

などという「人工衛星と科学」てな感じの高尚な話ではなく (この話はいつかちゃんとした場所でちゃんと議論したいのだが) このあけぼの衛星のアンテナが今回の話題。この衛星はA,B,Cの3つの通信アンテナをもっていて,これで地上と交信する。で,衛星の位置および姿勢によって衛星からみた地上アンテナの方向が変わってくるので,この3つのアンテナを切替えてつかうのだが,この使いかたは2通りあって,アンテナAとBを同時に使うときとCだけ使うときがある。ややこしいのは,その呼び名で,AとBを使うときがモードA,Cを使うときがモードBなのだ(以上の記述にはナカムラの記憶違いがあるかも)。

これはあきらかによくない仕様である。だって,まぎらわしいじゃん。アンテナの名前をABCにして,運用形態はモード1,モード2にすればこれは簡単に回避できるのに。しかし,この衛星を設計/製作した宇宙研のメンバーは実は非常に優秀で,どんなややこしい手順でも涼しい顔でこなしてしまう実力の持ち 主なので,まぎらわしいとも思わず,あまり深く考えずにこのような仕様にしたのであろう。実際に運用をするメンバーのなかにはナカムラのようなうっかりものもいるので,もう少し考えて仕様設計をして欲しかった。

このように人間相手の仕様を決定するときには極力まぎらわしさを避け,うっかり間違う可能性のないようにしなければならない。飛行機だとか,原子力発電所だとかの多くの人命がからむ場所だと,このへんのところは徹底されている (はずだよね,実体はしらないんだが)。人命がからまなくても,多くの人が使うツールは特に気をつける必要があるはずだ。

しかーしっ! 極めて多くの人が使うツールでありながら,「あけぼの」のアンテナモードよりはるかに紛らわしい仕様をたくさん含むツールがある。日本語である。たとえば「押っとり刀」とか「流れに竿さす」とか「きら星のごとく」とかいうのの意味がよく間違えて使われていると言うけど,こんなの間違えて当然じゃないかと思うくらいに意味がまぎらわしい(正しい意味については検索エンジン等で調べてみてください)。 日本語に限らずいろいろな言語でこのようなことはあるだろう…と考えて英語の例を出して教養のあるところを見せようと思ったが思いつかん! それはともかく,こういうのを間違えているのを指摘して,「君は国語力ないねえ」などと嬉しそうに言うやつがいるが,それってわざわざ落し穴を作っておいて,落ちたやつを見て笑うようなもので,ちょっと趣味わるくない? その奥には「バッドノウハウと「奥が深い症候群」」みたいな心理もあるのじゃなかろうか。

いや,紛らわしい日本語の場合は「あけぼの」のアンテナと違って,だれかが設計したわけではなく,自然発生的に涌いてきたものなので,「わざわざ落し穴を作って」というのはあたらないかもしれないが,とにかく間違えて当然のような状況では間違えて当然なのである。しかし,それを改善するのはなかな難しい。実はナカムラが宇宙研に就職したのは「あけぼの」が運用を開始して4年ほど後なのだが,そのときにこの仕様を知って「これってまぎらわしいから,モード1,2って呼ぶようにしません? モード甲,乙でもいいけど。乙だとZと紛らわしいかな。そういえば,昔「アルギン乙」って漫才ネタがありましたね」と提案してみた。(すみません「甲乙」の部分はいまつくったネタです。) しかし,これはもう無理であった。もうモードABで長いあいだ運用しているので,いまさら変えるとそれに慣れたスタッフが混乱するからである。日本語にも同じことが言えて,もうみんなが使っている仕様を明日から変更,というわけにはいかない。

いや,「あけぼの」アンテナの場合は混乱を承知で運用会議の席で「アンテナモードの呼び名を来月から変えます」という強行手段に出れる可能性もないではないが,日本語運用会議で「来年から"おっとり刀"の意味を変更します」というわけにはいかないだろう。じゃあ,どうすればいいかということだが,こういうまぎらわしい表現はなるべく使わないようにして,死語にするというのがある。あるいは間違っている用法をみんなで使いまくって,なしくずし的に仕様変更をしてしまうという手もあろう。実際,「一生懸命」というのは「一所懸命」の誤用だったのだが,みんなが間違えて使いまくるので,いまはもう市民権を得ていて広辞苑にも載っている。まあ,このような死語作戦やなしくずし作戦は時間がかかるだろうが,少なくとも,間違えて使っているのをみて「日本語 知らん奴」みたいな感じで馬鹿にするのはやめようではないか。

ああ,こういうことを書くと必ず文句がでるのはわかっている。日本語には長い歴史があってうにゃうにゃで,文化というのは利便性だけでははかれないなんたらかんたらがあって,効率一辺倒の昨今の風潮がどうのこうの,という話。まあ,それはご説ごもっともで,それを言いだしたら「あけぼの」のアンテナだってTeXのバッドノウハウだって文化になってしまうわけだが,いわゆる教養人が日本語がみだれとる,って文句を言うときには,実は日本語の仕様設計ミスの責任を利用者に押しつけているのでは,という視点もまた文化ではなかろうか(←なんか強引なまとめ方)。

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