Nov 07, 2005

「誤報」の裏と表

ナカムラはいいかげんな人間なので,世の中,あまり厳格になりすぎるとしんどいなあ,と思う。たとえば,高校野球で部員がタバコを吸ったというので,出場辞退とかいうのはやりすぎじゃなかろうか,などと考えるほうである。

しかし,ここの記事はちょっとまずいんじゃないか? たとえば,薬の許認可の審査をする医学者が「昔はおおらかな時代で,有効性のデータなんかを適当にデッチあげて薬を認可してたものよ。いまの時代はせせこましくていかん。」などと言っているようなものだと思うんですが。問題は誤報 (というか意図的なニセ情報) を流したというところではなく,それをなんとなく是認して「昔はよかったよなあ」みたいな話にもっていっている所である。プロがそれを自慢していちゃいかんでしょうが。このサイトの他の記事を読むと,報道というものに対しての真摯な態度が感じられて好感がもてるのだが,それだけに,これは残念である。「白いカローラ」と書かれたおかげで,友人から犯人あつかいされて人間関係がぐじゃぐじゃになっちゃったカローラオーナーもいるかもよ。

思うに,マスコミの,特に報道関係の人ってプロ意識がまちがってる人が多いような気がする。昔,テレビ局に勤める友人と話していたときに,いわゆる「やらせ」の話題になって,彼は「われわれは映像が勝負の商売だから,それがないと番組は作れない。だから,多少無理をしてでも映像を作らなくてはならない」という意味のことを言っていた。これはおかしいでしょう。映像なしで番組が作れないのなら,作らなければいいだけの話である。実験稼業の研究者が「データがないと論文がかけないので,ちょっと都合のいいようにデータつくっちゃいました」などと言おうものなら,真っ先にたたくのは「やらせ」やり放題のマスコミでじゃないのかなあ。

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